平成12年度文部省博物館職員講習 博物館情報論(2)

博物館における情報提供と活用の方法

戸田 孝(滋賀県立琵琶湖博物館)
 この講習は、 学芸員資格試験認定の際の科目毎の試験免除に際して、 大学における当該科目の履修と同等の効果を与えることを目的として 文部省国立教育会館社会教育研修所(現 文部科学省国立教育政策研究所社会教育実践研究センター)が行ったものである。 「博物館学」とその他の各種科目とを隔年交互で開講しており、 この年は「博物館学」の開講年度であった。
 学芸員資格認定に必要な科目は平成9年度に改訂されて、「博物館学」は 「概論」「経営論」「資料論」「情報論」の4科目に分割拡充されたが、 その全ての内容を含む1つの統合科目を履修しても良いことになっている。 この講習では、履修認定の事務手続きとしては1つの統合科目として扱っているが、 カリキュラム内容は上記4科目の区別を明示した形になっている。
 このうち「情報論」は、
(1)博物館における情報の意義(講義3時間)
(2)博物館における情報提供と活用の方法(講義3時間+現地研修6時間)
(3)博物館における情報機器(講義3時間)
から構成されており、筆者が担当したのはこのうち(2)の講義の部分である。 6月19日から7月12日までの24日間の日程のうち、 6月30日(金)の午前中が担当時間であった。
 ここでは、当日の講義に向けて準備した要旨に 当日の講義で補足した内容や提示した資料を加えて どのような内容の講義であったかを報告する。
 なお、「情報論」は平成9年度の改訂で新たに追加された内容であり、 隔年開講のため、この講習としても2回目のものであって、 前例が1回しか無く、あまり参考にならなかったということを付記しておく。

「情報=計算機」?

コンピュータ(computer)=computeする機械=計算機
歴史的には「科学技術計算」の道具→「事務計算」(経理等)の道具
現在では「情報管理の手段」として数式を利用していると考えた方が近い
本棚の比喩:何番目の棚の何冊目……相互の位置関係は差の正負で決まる
コンピュータにとって「比較」とは「引き算の答えが零かどうか確認すること」
電子情報ばかりが情報ではない
CIA MI6 КГБ……「情報機関」
КГБには「情報」を意味する語句は含まれていないが、 英語の2つの「I」は「情報」の意味
但し、“information”(単なる情報)ではなく “intelligence”(総合し、判断を加えたもの)である
博物館には“information”と“intelligence”の両方が必要
博物館資料は「情報の塊」
梅棹流の「博情館」論
「博物館情報論」が独立科目として制定された理由
(昨今の「情報化社会」とは?)
情報を電子化・デジタル化する意味は?
アナログにはアナログの、デジタルにはデジタルの、各々の得意分野がある
何を電子化する「べきではない」かを考えることで、
電子化・デジタル化の「本質」や「本当のメリット」が見えてくるかも
今日の「博物館情報論」で敢えて「原始的メディア」を利用する意図を考えて欲しい
プレゼンテーションにパソコン画面を使うと現状では融通が利かなくなる
パソコン画面を受講者が持ち帰れるなら意義は大きいのだが……
注:この後の「ホタルダスとユキダス」の話の直前まで、 紙の資料と黒板への白墨板書のみで講義を進めた
電子化・デジタル化の本質は「再利用可能性」だ!
正確な複写が容易に作れること
複写の一部を容易に編集できること

実物vs電子情報=「対立の構図」の記述として、実に馬鹿げている

「実物神話」は本当に「神話」か?
「実物の迫力」とは何か?
本質は「実物の持つ、圧倒的な情報量」である
ニセモノはホンモノから「特定の情報」のみを抽出したもの
“実物”は必ずしも“ホンモノ”ではない
例えば「遺跡から切り離された遺物は“ホンモノ”か?」という議論
展示室へ持って来ることで「実物の情報」の一部が失われる

ついでに
「マルチメディア」って何?

厳密な定義は無いが……
多種多様な情報をデジタル化することによって
「伝達手段」「保存手段」が共通化され、
複合利用が容易になった結果、生まれてきたもの……と理解しておけば良い

通信とネットワーク

ネットワークとデータベース=博物館情報の両輪……というより、博物館活動の両輪
ネットワーク←→展示機能&普及(交流)機能
データベース←→研究機能&資料収集整理機能
「再利用可能性」の1つとしての電子通信
通信の本質は「遠隔地に情報の複写を作ること」
電子化によって、容易に高速複写ができるようになった
ネットワークとは?
通信(=情報交換)を組織的に行うのが「ネットワーク(網構造)」
ネットワークにも「デジタルとアナログ」がある
「地域のネットワーク」「行政組織のネットワーク」「口コミのネットワーク」
=人同志のコミュニケーションによる情報伝達網
電子のネットワークを介した人のネットワーク
時間と空間の壁を越えた人のつながりができる
(職業や居住地という意味での接点の無い人同志のコミュニケーション)
阪神大震災・ナホトカ号沈没事故
「ホタルダス」と「ユキダス」 =パソコン通信時代の複合ネットワークの実例
直接の発端は琵琶湖研究所の研究員の認識
行政的環境情報と住民意識の齟齬
抽象情報を見る「鳥の目」と生活に根差した「虫の目」
「虫の目」を集める「鳥の目」を目指せないか?
参加住民自身の議論に基づく発展
琵琶湖研究所プロジェクト(1989〜1991)終了後の動き
勝手に続けたホタルダス
http://koayu.eri.co.jp/mizubun
雪から風へ……「ビワコダス」への発展
http://koayu.eri.co.jp/biwadas
注:以上のページの内容を実際に見せる余裕は無かった
議論の手段としての電子ネットワーク
人のネットワークを発展させる原動力にもなる
注:以上は 「鳥の目虫の目」からの一連のページを ネットワーク経由ではなくローカルに見せながら進めた。 「動画表示システム」を見せた後、 琵琶湖博物館に接続して 最新データを見せて終り、 「ビワコダスの参加者」以下 へ進む余裕は無かった。

ネットワークを介した博物館活動

手始めはやっぱり「電子チラシ」
365日24時間アクセス可能な「広報」と「展示」が実現できる
実例を見てみよう
悪い例=肝腎な情報が無い……地域密着型プロバイダを設立する際に、 「何か発信情報が無いと」という感覚で作ったページで その後のメンテナンスも全くされていないので、引合いに出すのはちょっと酷かも
必要最小限の情報がとりあえず掲載されている例
上手に手抜きをして、そこそこのコンテンツを作り上げた例 ……駅に設置した専用端末で運用するためのコンテンツを移植したもの
イベント情報も含めて内容を充実させている例 上の「手抜きの例」に出てくるのと同じ施設のページとして紹介した
人気のある情報は何か?(その1)
・電子メディアの特性としての「速報性」=イベント情報
・遠隔利用で有用なデータ=来館するための交通情報
例:琵琶湖博物館の来館案内
大相撲協会の「ラジオ中継反対論」に学ぶこと
「ラジオを聴いたら、わざわざ国技館へ来なくなる」という反対論があった
実際には相撲人気が出て大入りになった
リアルな情報こそが来館者を呼ぶ
例えば、琵琶湖博物館の詳細な展示紹介 のようなものは「本物を見たい」という動機付けになると考えるべき
電子情報だから可能になる「展示」とは?
「実物の迫力」の代わりに得られるもの
→結局「再利用可能性」に行き着く
 派生としての「比較性」「加工性」「保存性」
「電子質問コーナー」
即答性が必ずしも必要でない(来館対面対応や電話対応との差異)
しかし、迅速性は確保できる(手紙対応との差異)
人気のある情報は何か?(その2)
「顔の見える情報」の人気が高い
琵琶湖博物館の陳腐な職員紹介でさえ アクセス数が多い
署名記事の人気は高いようである
「議論の場」への発展可能性
パソコン通信は「議論」が中心だった
→インターネットブームで一旦「一方的情報発信」が中心になる
→双方向性への回帰としての、
 メーリングリスト・WWW掲示板・WWWチャット
(パソコン通信で盛り上げてきた館= 徳島県立兵庫県立人と自然など
 では、パソコン通信のインターネット化を進めている)
注:実際に講演者のIDでログインして、 どのような議論が行われているかを簡単に紹介した
偶然だがIDをド忘れしてログインに失敗し、 パスワード制御の意義を例示する結果になった
「議論の場」を確保するための条件
正帰還系(positive feedback system)であるということ
(活発な議論があればますます発展し、無ければますます衰退する)
琵琶湖博物館の館内ネットワークの実例
……開館1年後(1997年秋)からの 内部の危機感を背景に議論が始まり、利用頻度が急増した
下からの盛上げ+「個人的な思い入れ」を持ったテコ入れが必要
「お役所仕事」ではうまく行かない

ちなみに
用語の正確な意味 (一応は知っておくに越したことは無いという程度の蘊蓄話)

注:この章は「飛ばします」とも何ともコメントせずに省略した
インターネット(internet)=ネットワークが相互接続された状態
「the Internet」=世界中のネットワークが相互接続された状態
……あくまで「情報の道」であって「使い方」ではないことに注意
  「インターネットを利用して」電子メールやWWWページを使う
「ホームページ(homepage)」=ブラウザの起動時に最初に現れるページ
但し日本国内限定の俗語として「全てのWWWページ」を指す (NHKの語学講座でも「和製英語」として認知してしまったようだ)
「WWW(World-wide Web)」=世界中のページ間にリンクが複雑に張り巡らされた状態
「HTML(Hyper-text Markup Language)」=「WWWページ」を記述する言語
「HTTP(Hyper-text Transfer Protocol)」=「HTML」で記述された情報の通信規格

俗に「インターネット」と呼ばれているものは、厳密には単に「ページ」としか呼びようが無いが、 説明的に「WWWページ」「Webページ」「HTMLページ」などと呼ぶことは可能だろう

データベース

博物館の本質が資料(実物資料かどうかは別として)
であるとすれば、博物館情報の本質はデータベース
「ハコもの優先」は絶対に駄目
琵琶湖博物館の成功部分は「7年の準備期間」の賜物
(例:開館時点で「データベースの中身」がソコソコ揃っていた)
それでも、最も進んでいた 魚類データベースが 公開できたのは、開館3年後
「データとノウハウ」は後まで活きる
昨今は小規模システムが簡単に試作できる
本格的システムは登録件数が万に達してから
ドキュメンテーション(文書化)の無い資料は「ただのゴミ」
ドキュメントを集めれば「データベース」になる
資料目録・資料カード=「アナログのデータベース」
専ら「再利用可能性」のための電子化・デジタル化
デジタル化する際に情報が劣化する
劣化の理論として確立しているのが「標本化誤差・量子化誤差」の問題
注: 「ファイルフォーマット事典」(インプレス)の 音声ファイルの説明に使われている図を紹介して説明した
別の例として、デジタル化したカードは「余白が使えない」という問題もある
例:琵琶湖博物館の予約簿=欄を無視した記載・無闇に細かい字での記入・ 欄外記載・付箋による補足記載などがテンコモリ
しかし、一旦デジタル化すれば、それ以上の劣化は無い
資料整理事業自体を電子化する効果
デジタル化に伴う情報劣化が現場で一目瞭然→システム改良に結びつく
データが現場で簡単に「再利用」できる
「データ入力」を事業化しなくて済む
(必要なのは「公開のためのデータ精製」)
「パンチ業務」は博物館に有効か?
パンチ(穿孔)=黎明期の入力が「紙に穴を開けること」だったのが由来
注:昔のFORTRANの教科書からパンチカードのイメージ図を出してきて説明した
定型化されたデータが必要=ルーチン化された業務にしか適合しない
既存の「資料カード」を電子化するのには有効かも
図書館情報と博物館情報の違い(書誌情報は最小限の規格化に成功している)
共通索引の夢
「再利用可能性」の最たるもの=博物館情報の理想形?
博物館情報の多様性……データベース項目の共通化が難しい
当面は「地域分業している同じ分野の博物館」同志で進めるのが有効? ……考古学などは有望だと思う
全文検索を活用した共通検索という方向性もある

つけたし
著作権問題

デジタル時代に著作権問題が深刻化する理由
デジタルメディアの「再利用可能性」が原因
(無節操な複製を抑止していた「複製時の劣化」や「複製コスト」が解消)
リンクは複写ではない!
著作者人格権(同一性保持権)を侵害することはあっても、
財産的著作権(複製権etc.)を侵害することは原理的に有り得ない

補足資料:日本の博物館のインターネット利用に関する情報を
検索する起点としてお勧めのサイト

http://www2.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/~museum/index.html
博物館ホームページ推進研究フォーラム(現場学芸員の研究会)
http://candy.hus.osaka-u.ac.jp/esthome/matusita/Museum/hajime/teigi.html
博物館の博物館(松下幸司さん)
http://www.bekkoame.ne.jp/~atsuka/ush/im.html
info@museum(塚原晃さん)
http://www.museum-net.com/
museum-net(崎山正人さん)
http://www.museum.or.jp/
インターネットミュージアム(丹青研究所)
http://www.j-muse.or.jp/
やまびこネット(日本博物館協会)
http://jcsm.kahaku.go.jp/JCSM/
全国科学博物館協議会(科博協:JCSM)
http://www.jazga.or.jp/
日本動物園水族館協会(動水協:JAZGA)
http://wwwsoc.nacsis.ac.jp/jsai2/
全国歴史資料保存利用期間連絡協議会(全史料協:JSAI)
このようなページを足がかりに、博物館情報の発信がどのように行われているのか、 どのような問題意識が現場にはあるのかということを 実際に「利用者の立場でアクセスしながら」見て行って欲しい


2000年7月1日WWW公開用初稿/2003年3月4日リンク修正・冒頭説明文改訂

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