展示のご案内

これまでの展示 【 企画展示室 】

第15回企画展示

琵琶湖のコイ・フナの物語〜東アジアの中の湖と人〜

期間/平成19(2007)年7月14日(土)〜11月25日(日)

場所/琵琶湖博物館 企画展示室

 この企画展示は、総合研究「東アジアの中の琵琶湖 - コイ科魚類の展開を軸にした - その環境史に関する研究」(以下「東アジア総研」)に関連する2回シリーズの企画展示の2回目の展示です。
 1回目の企画展示(平成18年7月15日〜11月26日)では、共同研究者の一人である写真家今森光彦さんの水と魚と人のかかわりを見つめた琵琶湖の映像作品を中心に展示を行い、来館者の皆様にその3者のかかわりの今後の在り方を考えていただきました。
 今年度の企画展示では、昨年度の企画展を引き継いで、東アジア総研の具体的な成果を用いて展示を行います。異なる分野のそれぞれの共同研究者が、東アジアの湖としての琵琶湖について、どのような事例に注目し、どのようなドラマを思い描いたのかを、研究のプロセスをも示しながら、わかりやすい展示を思案中です。

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第15回企画展イメージキャラクター
「こいさんふなさん」

私が担当します
第15回企画展示の紹介 【こちら】

Tsuneo,NAKAJIMA


 

入館料

  大人 高校生・大学生 小学生・中学生
企画展示のみ観覧 400円
(300円)
300円
(230円)
200円
(150円)
常設展示と併せて観覧 1000円(780円) 700円
(550円)
450円
(350円)
( )内は20名以上の団体料金です。

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企画展関連イベント

◆ シンポジウム
東アジアにおける生き物と人 - これからの関係を探る - 7月28日(土)/29日(日)
【第1部】生き物と人のこれからの関係を探るために 7月28日(土)
【第2部】生き物とかかわるおもしろさ 7月29日(日)
◆ 観察会
魚つかみを楽しんで魚の歯の標本をつくろう
※魚つかみ編
7月7日(土)
魚つかみを楽しんで魚の歯の標本をつくろう
※標本づくり編
7月28日(土)
魚つかみを楽しんで魚の歯の標本をつくろう
※標本づくり編
8月21日(火)
◆ 体験学習
化石のレプリカをつくろう (魚の歯のヒミツ) 6月9日(土)/23日(土)
◆ 投網体験教室
投網に挑戦! 8月2日(木)/8月8日(水)
◆ 紙芝居
コイのゴーイくんと、フナのプーナちゃん 10月7日(日)/21日(日)
◆ 人形劇
た・な・か・み・さ・ま 9月2日(日)/10月28日(日)
◆ ディスカバリーイベント
竹のおもちゃ「コイの滝のぼり」を作ろう 7月14日(土)/7月21日(土)

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展示室入り口

入り口

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琵琶湖のコイ・フナの物語をお芝居風にしたててみました。お芝居の主人公はコイさん、フナさんです。 コイさん、フナさんに自分たちの歴史を語ってもらうのが今回の展示です。 ところで、コイさん、フナさんは、ハヤ、モロコ、ボテ、ウグイというどこにでもいるコイ科の魚代表です。
それでは、このお芝居の主人公の一人であるフナさんに、どのような物語のお芝居なのかを紹介してもらいます。
それでは、フナさんよろしくお願いいたします。

入り口で、フナの帽子を折って、かぶってください。
フナトンネルをくぐれば、だんだん魚の気持ちになっていただけます1

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プロローグ

こんなところにコイ・フナ
2  マモコ・ヨシが茂りヤナギが生える湖岸、水草が生える湖岸近くの田んぼの水路、湖岸から離れた流れのある水路、新興住宅地の中を流れる水路、 旧市街地を流れる水路、これら5つの水環境の中で、私たち仲間の多く生息しているのはどこでしょう。

意外にも、街中の水路に、昔からいる私たちの仲間は生息しているのです。ここには、外来魚のオオクチバスやブルーギルは、ほとんどみられません。 でもバスやギルがいなから、街中の水路に避難してきたわけではありません。それには、私たちと人間との深くて長い関係があるからです。

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第1幕

コイ・フナはどこから来たのか
3  私たちの仲間は、恐竜が地球上を闊歩していた白亜紀末に、現在はヒマラヤがそびえているあたりで誕生したようです。 その後、ヒマラヤやチベットの上昇が、アジアのモンスーン気候を生み、雨季と乾季という水をめぐる一年のサイクルが生まれました。 私たちはこの基本サイクルにあわせて生活するようになりました。
ところで、コイさんの自慢は、地球上に私(フナさん)より先に生まれたことです。 世界で一番古い化石が、長崎県のおよそ2500万年前の地層から見つかっています。 この頃には、日本列島はまだなく、大陸の東の端に裂け目ができ、ちょうど日本列島ができようとしていました。 そこには湖ができ、私たちの進化の舞台となり、新しいコイ科のグループが次々に誕生しています。 東アジアのコイ科魚類の分化は、日本列島の誕生と密接な関係があったのです。
私(フナさん)の自慢は、コイさんより新しく生まれた新型の魚だということです。 私が生まれたのは昔の琵琶湖が誕生するより少し前の500万年程前のことです。その後、コイさんにかわって琵琶湖の主役になります。 およそ50万年前には、新型のゲンゴロウブナも生まれています。

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第2幕

コイ・フナ、ヒトと出会う
4  古くから人には出会っていましたが、琵琶湖のまわりの人間たちと本格的に出会ったのは、およそ6000年前、人間の時代でいうと縄文時代になってからです。 私たちが、雨が降る産卵の時期になって、水に浸かったヨシ場に卵を産みに出かけていくと、人間がまちかまえているようになりました。 人間たちは、私たちを重要な食料としていたのです。 たくさんいる私たちは、大量にとられて保存食にされました。 私たちの生活パターンに合わせて、人間たちも生活を組み立てていたようです。
その後人間たちは、湖へそそぐ川ぞいに浅い水場(田んぼ)を作り始めました。 それは私たちにとって、都合のよい産卵場となりました。 にんげんにつかまる危険はありますが、子供たちには安全で、しかも餌が豊富なので、田んぼを利用しない手はありません。
またコイさんの中には、人間に管理された生活を始めるものもいたようです。 このようにして私たちは、人間との関係を深めていきました。

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第3幕

コイ・フナ、銭になる
5  今からおよそ700年前、にんげんの時代でいうと鎌倉時代ごろを境として、人間たちはよくわからない行動をとるようになります。 わたしたちをつかまえる仕掛けをどんどんと巧みにして、争ってまで捕まえようとしたかと思うと、せっかくつかまってあげた私たちを放したりするのです(殺生禁断)。 こうした人間たちの優柔不断さは、人間がシカやイノシシを食べなくなったことと関係しているようです。
京でも私たちの人気はこいのぼり、ではなくうなぎのぼりです。 とりわけ私たちの価値が、丸い銅(銭)の数ではかられるようになってからは、ますますいろんなところへ連れて行かれるようになりました。
鳥や魚のなかの一番人気はコイさんでしたが、琵琶湖のフナさんも評判で、私たちをどのように食べようかといろいろな工夫をこらしていたようです。 まな板の上にのせられるのはいい気分ではありませんが、それよりも海からやってきたタイのやつらが幅を利かせ始めたことの方が気になります。

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第4幕

コイ・フナとヒトとの知恵くらべ
6  時代によって中身はいろいろ変わりましたが、人間たちとの付き合いは、ごく最近までつづいてきました。 私たちをつかまえるために、いろいろな漁の道具を人間たちは作りだしました。
およそ700年前ごろから急に発達したエリは、琵琶湖の沖にハリズをのばし大型化してきたので、沖合いをぼんやり漂ってもいられなくなりました。
また、だれがいつ考え出したかはわかりませんが、米づくりで忙しい人間たちは、手間をかけずに私たちをつかまえる方法も考え出しました。 農作業のかたわら、私たちが行き来する湖岸を水路にタツベやモンドリという道具をしかけておくのです。 うっかりした私たちをつかまえてオカズにしよう、というわけです。
人間との知恵くらべはいつも命がけだったのですが、そうやってわたしたちをつかまえた思い出を楽しそうに話す人間たちは、琵琶湖のまわりに今でもたくさんいるそうです。 人間には楽しい思い出でしょうが、私たちにとっては楽しいどころではありません。

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楽屋

初公開!!コイ・フナの秘密
7  楽屋には、世界中の私たちの仲間の歯が、電子顕微鏡写真になって展示されています。 琵琶湖博物館がもっているコイ科魚類の咽頭歯コレクションは世界一の規模です。この咽頭歯コレクションを参照しながら、琵琶湖博物館では、いろいろな研究をしているみたいです。
たとえば、歯の発生を比較しながら、私たちの進化のようすを調べたり、地球規模での大地の変動や昔の環境の変化も調べたりしているみたいです。私たちは昔から人間に食べられていました。そのようすも遺跡に残っている私たちの歯から調べられています。いつから人間の保存食にされたか、いつから飼育や養殖がはじまったか、歯を調べるとわかるというから不思議ですね。

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エピローグ

コイ・フナの生きる道
8  人間がやってくる前から私たちは湖にすんでいました。 やがて、後からやってきた人間たちとの知恵くらべがはじまりました。 そうやって私たちは数千年の歳月を生きぬいてきたのです。 ところが、ほんの数十年前から様子が変わり始めました。 琵琶湖は近畿の水ガメだとか、水路をパイプラインにしようといった意見が現れ、人間は、私たちにあまり関心をはらわなくなりました。 その頃から、琵琶湖の環境も大きく変わり始めたのです。 私たちは産卵の場所にしていたヨシ場はめっきり減ってしまい、人間たちがこしらえた、川ぞいの浅い水場(田んぼ)へもはいっていくことができなくなりました。 人間にはつかまりたくないのですが、ヨシ場や田んぼで産卵できなくなったら、どうやって子どもを残していけばよいのでしょうか。

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