98観察会

琵琶湖博物館観察会


「滋 賀 県 地 学 散 歩」

観察会の説明
 この観察会は,1998年に石部町で行った観察会で,地図をもって,自分の位置を確認しながら,地層や岩石をみて歩くというものでした.地図は石部町の役場で購入したものを使いました.
 この観察会は,当日とても天気が良くて,気候もいい感じでしたが,参加者が少なくて,少し寂しかったですね.
 以下に,そのときの観察会に配るために作った冊子を示しますが,図などは少し省いています.



 今回の観察会の目的は、
「地図を見ながら歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。。」というものです。
な〜んだ、とがっかりなさった方もいらっしゃるでしょう。しかし、地図を見ながら歩くと言うことは地学(というか地質学)をする上でとても重要なのです。ここで地図を見ながら歩くことの重要性を説明します。

「地図を見て歩くと言うこと」
 地学の研究をする上で、どこに何があるかということは大変重要なことです。地学に興味を持たれている方(特にこのような観察会に来られる方)は、地質図という言葉を聞いたことがあるかもしれません。ひょっとしたら見たことがあるかもしれません。博物館A展示室にも滋賀県の地質図がひっそりと飾ってあるのを見たことがあるでしょうか?どこに、どのようなものが、どのように分布しているか?を描いた地図です。もし、こういうものを描こうと思うとやはり「どこに、どのようなものが、どのように分布しているか?」を知らなければいけません。つまり、どこかで崖を見つけて、その岩石や地層がなにかわかったとしてもその場所がわからなければ得られた情報は全く無意味なものとなってしまいます。地学だけじゃなくて、植物採取や昆虫採取等も同様で、野外科学をするためには地図が重要なのです。
 というわけで、今回は歩くということを強調しましたが、地図を見ながら自分の位置を確認しつつ歩くが正しいですね。ですから、今回はこの案内書にどこを回るかの場所は書いていません。そのかわりみなさんには「1万分の1地形図」をお配りいたします。地図は大きな書店に行くと手に入ることはご存じでしょうか?しかしそういった書店でも手にはいるのは2万5千分の1や5万分の1、20万分の1等の地図でもっと細かい1万分の1や2千5百分の1地形図は書店にはおいていません。こういうものは各市町村の役所や役場で購入できます。たいていの役所や役場には1万分の1地形図が購入できますが、2千5百分の1はないところもあります(石部町にはありました)。
 では、この1万分の1地形図を見ながら歩いていきましょう。
 出発地点は「JR石部駅」です。ちなみに到着地点も「JR石部駅」です。

「見た物調べた物を地図やノートに書く」
 地図を見ながら歩くのは自分のいる場所を確認するためです。それと重要なことはどこになにがあるか?ということです。自分のいる場所を確認したら、その崖から得られる情報をもらさず観察して、その情報を残さないといけません。それを地図上に書いてもいいのですが、そこから得られた情報がたくさんあるときは地図には書き切れません。そのときにその場所に番号を付けて(日付とその日の通し番号で表すことが多いです。たとえば1998年10月4日の1番目の場所だとすると、98100401という番号がつきます。)、その番号を地図上にかき、情報は別のノート(手のひらサイズのものをよく使います。そういう物をフィールドノート、または野帳といいます。)に書き込みます。ただ、地図上に書くのはいろいろな利点があり、たとえば地質調査等をするときは、ある程度調査を進めていくと、地図を見るだけで地層や岩石の分布が一目でわかり、その後の調査に役だったりします。
 今回は崖などから得られる地質的な情報以外にも自分で見た物や観察した物などを書き込んでみて下さい。

「その他に地図から得られる情報(参考)」
 地図はいろんな種類がありますが、今回使っているのは地形図です。地形を詳しく書いた地図ですね。野外でなにかを調べるときに、どこに何があるか?の”どこに”は平面的な場所の他にどの高さ(標高)か?ということも重要です。自然は地図のように紙の上にあるわけではなく、立体的ですから、高さがあるわけです。ですから場所には、平面的な位置(緯度経度)と高さ(標高)の情報が必要です。つまり、地形を詳しく書いた地図である地形図が必要なのです。
 ちょっと説明が回りくどくなりましたが、地形図を見ながら歩いているので、道や建物の他に山や川がどのような位置にあるか?を参考にして自分のいる場所を特定します。特に開発中の場所や山の中では道や建物はあてになりません。
 それ以外に、地形と地質には関連があるようです。滋賀県には大まかに分けて、火山に関連する岩石、古い時代に出来た地層が岩石になった物、岩石になり賭の地層、古琵琶湖層、河川などで出来た段丘堆積物、ごく最近の地層があります。ごく最近たまっている地層はいまの河川にたまっている砂などで、段丘堆積物は段丘を作っている物です。段丘は今の河川よりも高い位置にあるけれども比較的平面を作っています。このような段丘は地形図をよく見るとわかります(?)。それより古い地層は山や丘陵を作っています。岩石は山を作り古琵琶湖層などは丘陵を作っているようです。
 今回歩く地域を見ると山と言わないでも急な地形を作っているところと比較的なだらかな高まりを作っている丘陵とよべる地域があります。このような地形を見るだけでも、岩石の分布と古琵琶湖層の分布が予想されます。地形図をよく見て下さい。何となくその違いが見えてこないでしょうか?そういう地形の違いを見ていると、山のほうよりも丘陵部に住宅や建物がたくさんあるでしょう。これは地形的な制約というよりも、古琵琶湖層などは堅い岩石で出来ている山よりも削ったりしやすく、開発に向いているという面をもっています。そういう目で地図をみていると、何となくそういう風に見えてこないでしょうか?

「今回歩く地域の地質」
 今回歩くところは、岩石になってしまった古い地層、その地層を貫いたマグマが冷えて固まった岩石、古琵琶湖層があります。
 ・岩石になった古い地層
 ここでは石灰岩、チャート、泥岩が分布しています。これらは採石場で採石されています。さっき述べた山を作っている岩石です。
 これらはペルム紀〜ジュラ紀(古生代後期〜中生代中期)にたまったと言われています。それも今の日本の場所から少し離れた海でたまったとされています。そんな物が何故ここにあるのでしょう?それは博物館A展示室入り口付近のビデオで説明されています。それが今山を作っているのは、その後なんどもおこった地殻変動によって上昇したためで、その後浸食され、今の山の形が出来たと考えられます。
 ・マグマが冷えて固まった岩石
 マグマが冷えて固まった岩石にはいろいろな物があります。ここでは、地下のマグマが塊として冷えていったのではなく、その当時あった岩体(ここでは中生代や古生代にたまった岩石)の割れ目に脈状に入って、それが冷えて固まった岩石が見られます。滋賀県の地質図にはのっていませんが、おそらく、近くにある花崗岩と関係の深い岩石である可能性が高く(おそらく起源となるマグマは同じで、花崗岩はマグマだまりで冷え、この岩石は割れ目に沿って脈状にあった物が冷えたのでしょう。)、岩石名は石英斑岩であると考えられます。これも地下で冷えて固まったので、やはり地殻変動が起こって、古生代や中生代の地層が上昇して来るときに一緒に上昇したのでしょう。
 ・古琵琶湖層
 古琵琶湖層は今の琵琶湖がためている堆積物に続く地層です。時代は今から400万年前から続いていると言われています。古琵琶湖層の分布は、最も南の分布は三重県の伊賀上野付近で、南から北へ新しい地層が分布しています。これが琵琶湖が移動してきたと言われるゆえんです。しかし、移動してきたといっても今の琵琶湖が400万年前にできて、それが移動してきたわけではありません。今のような広くて深い湖を作り始めたのは今の場所に来てからのことで、それまでは湖を作っていなかった時期もありました(湖を作っていた時期もありました)。ではどういうことなのでしょうか?堆積物がたまるためには地形的に低い場所がなければたまりません。はじめ、伊賀上野に地殻変動が起こり、周りに比べて低い場所が出来、そこに水や砂・泥などがたまり始めました。その低くなる場所はいつまでも低くなり続けたわけではなく、ある時に低くなる場所が少し北側へ移動しました。そうすると今まで低かった場所は徐々に砂や泥で埋められて、水がたまらなくなります。そうしながら水や砂・泥などをためる場所が北へ移動してきたと考えられています。低くなる要因としては前述のように地殻変動が考えられます。地殻変動が起きるときは大きな地震が起きるはずです(小さな揺れがおきるぐらいでは地面があがったり下がったりしない)。大きな地震はみなさんご存じのようにそう頻繁におこるわけではありません。ですから徐々に北へ低くなる場所が移動するといっても、年間何mmとかという問題ではなく、数百年や数千年かわかりませんが、それぐらいに一度起きる地震で一度に数cmや数m地盤が低くなったり高くなったりして、それに伴う移動があると考えるほうがよいです。
 とにかくそうやって、水や物をためる場所を北へ移動してきたのですが、今回歩く場所でも古琵琶湖層が見られます。古琵琶湖層の中でも草津累層と呼ばれている部分にあたります(古琵琶湖層を地層の見かけなどでもっと細かく分けた単位)。
 また、ここでは火山灰層が見られます。この場所で見られる火山灰層は重要な火山灰層です。五軒茶屋火山灰層と名付けられている火山灰層ですが、これは大阪や新潟、千葉県でも見られる火山灰層です。およそ175万年前に岐阜県北部地域で大規模な噴火を起こした時に降った火山灰からなると言われています。そういういろんな場所で見られる火山灰層は同じ時間の指標となるため重要です。ところで、火山灰とはなにでしょうか?
 火山灰は火山から噴出しますが、火山の噴火にはいろいろなタイプがあります。ハワイなどで見られる火山は溶岩を出すタイプの噴火をします。このような火山からは火山灰は噴出されません。もっと規模の大きい噴火の時に火山灰は噴出されます。以前、長崎県の雲仙普賢岳が噴火したときに火砕流が流れました。あの大部分は火山灰からなります。その他にも桜島などは火砕流を流さなくても噴煙を上げますが、その噴煙は火山灰からなっています。このように規模といってもいろんな意味がありますが、火山灰を噴出する火山の噴火は一般に爆発的な噴火をする火山といわれ、日本にはこのような火山灰を噴出するタイプの火山が多いです。火山灰は火山の噴火によって噴出し、いろんな場所にほぼ同時期にたまります。ですから、離れた場所で同じ火山灰が見つかればそれは同じ時間を示しているといったりするのです。たとえば、砂がたまるような場所と泥がたまっているような場所では同じ時に出来た物かどうかということを判断できません。これは数mしか離れていないような場所であると理解できるかもしれませんが、それが大阪と滋賀ではどうでしょうか?このときに同じ火山灰を見つけることが出来れば、同じ時に違う環境であったか、同じ環境であったかを知ることが出来ます。
 火山灰にはそれぞれ特徴があり、その特徴から同じ火山灰を探すのですが、すべての火山灰が、五軒茶屋火山灰層のようにいろんな地域に分布していると言うわけではありません。やはりそのときの噴火の規模や噴火した場所などのいろいろな要因によって分布範囲は様々です。古琵琶湖層の中には100層以上の火山灰層がありますが、これらの内、分布範囲のわかっている物はほんのわずかです。さらにその噴火した火山がどこにあるのかについて見当のついている物はほとんどありません。五軒茶屋火山灰層は分布範囲も広く噴出した地域も予測のついている火山灰として重要視されています。
 今回見る崖では五軒茶屋火山灰層が見られますが、この崖もいろいろとおもしろい情報を提供してくれます。実際に崖を見てみましょう。五軒茶屋火山灰層をみる

 以上です.

(c)satoguchi

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