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琵琶湖博物館博物館講座


「地 学 入 門」

博物館講座を思い返して..
 この博物館講座は,2000年の5月に行いました.地学研究室でどのような講座を開いたらよいか?という話し合いをしていたときに,何か入門的な(基礎的な)話をした方がよいのではないか?,という話になり,それでは入門的に琵琶湖に限らないで,地学のいろいろなことをする講座をしようと言うことになったわけです.
 里口担当の観察会や講座はあまり人がこないのですが,この日も参加者が少なかったですね.考えられる原因としては,題名があまりにも漠然としすぎていて,なにをするのかわからない所と,なにか,お勉強的要素が強そうな感じがするのと,時期が悪かったと思います.
 行ってみて,里口は入門的と思っていたことが,あまり入門的でなく,難しく感ぜられたようです.特に,若い人たち(小学生)にとっては,雲仙のことや,阪神大震災,を例にしてもイメージがつかない(当時のことは知らない)ので,例に出しても,例にならないという事態になっていました.これは,広くいろんな人に説明をするときの教訓になりました.博物館講座をしながら,実は私の勉強になっているんです.




「はじめに」
 みなさんは地学と聞いて何を思い浮かべますか?地震?化石?火山?地層?石ころ?宇宙?地球?・・・いろんな事を思い浮かべるかも知れません。学校で習ったりする地学は、天文学や気象学、地質学などいろんなものが集まっています。ですから一口に地学といってもとても広い範囲のものをさしていて、なんだか雑多なものの寄せ集めのような感じがしてしまいます。しかし、地学という言葉から考えると、地球の事を研究する学問といえると思います。ですから、恐竜やアンモナイト等のように太古にロマンチックな思いをめぐらせることも、火山や地震がおきて災害で問題になることも地学という範囲に入っています。
 地学というと学校でもあまりやられないので、印象に残らないかもしれませんが、私たちの住んでいる日本は地球の中でも、特に地震や火山が多い地域なので、地学はとても重要なものの様に思えます。また、今いる場所が少し前はどんなところだったのか?を知ると自分のいる場所が違ったように見えるのではないでしょうか?もう一つ地学は、過去や今起こっている災害を研究するだけではなく、過去から現在までの長い時間の流れの中でどう言うことが起こってきたのか?を見ることができます。たとえば、人はいくらがんばっても100年くらいしかいきることができません。そのあいだに大きな火山の噴火や地震、地球の動きや生物の進化を見ることは難しいですが、研究することによっていろんな事が見えてきます。そうすると、この先どうなっていくのか?という将来を予測する事にもつながっていくのです。

「滋賀県の岩石」
 滋賀県は山に囲まれていて、その山を作っているのは岩石です。河原に落ちている石ころはもともと山を作っている岩石が崩れて、川によって運ばれてきた物です。ですから、河原に落ちている石ころを見ればその上流の山はどんな岩石でできているかがわかる、というものです。
 では、滋賀県の山を作っている岩石にはどんな物があるのでしょうか?

・)海でたまってできた岩石
 滋賀県の山々は、2〜3億年くらい前に、海の底でたまった地層が固まってできた岩石があります。こういった砂や泥がたまって、固まってできた岩石を堆積岩(堆積岩の「堆積」は、砂や泥がたまるということです。つまりたまってできた岩石という意味です。砂がたまってできたものを砂岩といい、泥がたまってできたものを泥岩といいます)と言います。元々は砂や泥からできているわけですから、河原や砂浜のような所にある砂や、沼や湖や深い海の底にあるような泥が固まってできるのです。なかなか、自分たちの周りにある砂や泥が岩石になると言ってもイメージがわかないかもしれませんが、もとは同じ物です。ちなみに、昔の琵琶湖が作った古琵琶湖層も泥や砂の地層からできていますが、まだ岩石になっていません。古琵琶湖層は古い物でも400万年前ですから、数百万年くらいではまだ岩石にならないようです。
 砂や泥からできているのは、岩石をよーく観察すると何となくわかるかもしれませんが、それが何故、海でできた物とわかるのでしょうか?それはその地層(岩石になっていても地層は地層です)をよーく調べるとわかるのですが、それ以外に地層に含まれる化石からわかります。たとえば、海にしかいない生き物の化石があると、その地層は海でできたということがわかります。その一つに石灰岩があります。
 日本で一番有名な石灰岩の産地は、山口県の秋吉台の鍾乳洞ではないでしょうか?石灰岩の産地はたいてい鍾乳洞があります(石灰岩の所に鍾乳洞ができやすいのは、石灰岩が水に溶けやすい性質を持っているためと思われます。ですから、地下水がどんどん石灰岩を溶かして、大きな穴を作っていくのでしょう)。滋賀県では伊吹山が石灰岩でできていて、河内の風穴と呼ばれるものがあります。石灰岩はセメントの原料にもなります。石灰岩は炭酸カルシウムという成分でできているのですが、これはサンゴなどの成分と同じです。話が逆になってしまいましたが、石灰岩は珊瑚礁などが固まってできた物です。ですから、サンゴの化石などがよく見つかります。伊吹山の石灰岩には、ウミユリやフズリナといった化石がよく見つかります。珊瑚礁は暖かい海でできるので、海でできたことがわかります。

 他にはチャートという岩石があります。これは、ほとんどが放散虫という海の微生物のからからできています(二酸化珪素という成分でできていて、貝殻等とは成分が違います)。透明感のある堅くて緻密な岩石です。ここからも海でできたことがわかります。

 他には泥岩や砂岩があるのですが、ここで、ちょっと考えてみましょう。海でできたということは、昔は海だったという事になります。また、石灰岩があるという事は、当時珊瑚礁ができるような暖かい海だったということになります。本当にそうでしょうか?チャートは、ほとんどが放散虫という微生物の化石でできているといいましたが、そういうものが岩石になるということは、砂や泥がほとんどたまらないような、陸から離れた所でないとできないと思われます。
 そう考えると、陸から離れた暖かい海で珊瑚礁ができる様な場所が考えられます。そういう場所って日本の近くではなく、離れたところでたまった(岩石になった)と考えられています。では、離れた場所でできた岩石が何故いま滋賀県の山を作っているのでしょうか?

・)離れたところのものを運んでくる地球の運動
 日本から離れたところでできた物が、今はここで山を作っているということは、ここまで運ばれてきたという事を考えればいいでしょう。しかし、山を作る岩石を遠くから運んでくるのは簡単ではないはずです。どうやって持ってきたのでしょうか?これを考えるためには、地球規模の動きを考える必要があります。
 地球は一つの固まった岩石ではなくて、地球の中身は高温の岩石が溶けた物でできていると考えられています。地面は固まっていますが、固まっているのは地球の表面だけでこの部分は地殻と呼ばれています。この地殻というものも卵の殻のように一枚の殻でできているのではなく、いくつかのかけらが集まってできています。このかけらの事をプレートといいます(実際には、プレートというのは地殻とその下にあるマントルの一部からできています。プレートはそれぞれのかけらの事をいい、地球表面の動いている部分のことはリソスフェアとも言われます)。このかけら(プレート)はそれぞれが動いています。つまり、プレートが動いている事によって、その上にできた珊瑚礁や海でたまった泥などでできた岩石が運ばれてきます。
 プレートのそれぞれが動いているといっても、どの様に動いているのでしょうか?地球の表面をかけらが作っているという事だと、かけらがはめ込まれたイメージであれば、かけらは動くことができません。しかし、そうではなくてこのかけら(プレート)は、新しくできてきたり、ぶつかりあったり、ぶつかった場所で片方のプレートが沈み込んだりしています。日本はその内、片方のプレートが沈み込むという場所にあります。日本自体は沈み込んでいく方ではなくて、沈み込まれる側にあります。海側のプレートが大陸側のプレートに沈み込む途中に、海側のプレートの上にたまった泥などが大陸側のプレートに付加して(くっついていく)いきます。滋賀県の山を作っている石灰岩やチャート、泥岩等はこのようにして運ばれてきました。このころの日本はまだ島になっていなくて、大陸の一部でしたから、数億年前に今のユーラシア大陸(中国など)に海の地層がくっつけられて、それが今の日本の地盤の一部を作っているのです。
 写真はA展示室の模型ですがこれは、今の日本付近の地形を表していて,そこにプレートの動きを示しました。これでみると、日本は一つのプレートの上にあるわけではなくて、少なくとも2つのプレートからできている(ユーラシアプレートと北アメリカプレート)ことがわかります。また静岡県の伊豆半島は、別のプレート(フィリピン海プレート)の上にのっているので、静岡県には3つのプレートが重なり合うところがあるといえるでしょう。

・)火山の活動でできた岩石  火山の活動というと、最近問題になった北海道有珠山のような、噴火活動を思い浮かべるかもしれませんが、噴火しない活動もあるのです。
 その前に、火山とはどういうものなのか見てみましょう。図は一般的な火山のイメージ図が書かれています。普通火山というと、地面から出っ張った山で、今にも噴火しそうな雰囲気を持っているものを想像しますが、山の形をしているかどうかよりも、その地下にマグマ(岩石が溶けたもの)があるかどうか?という方が重要です。火山の下にはマグマがたまっているマグマ溜りがあります。このマグマが何らかの原因で噴出する事が、火山の噴火活動です(マグマが噴出しない火山の噴火もあります。これは水蒸気爆発といって、爆発は起きますが、マグマは噴出されません)。火山なら必ずマグマが噴出するという訳ではありません。マグマが噴出しないで、地下のマグマ溜りでそのまま固まってしまう事もあります。マグマ自体は非常に高温で、地下にあるマグマ溜りの周辺はマグマより冷たいので少しずつさまされていきます。それで固まってしまいます。このようにしてできた岩石の代表が、墓石などによく使われる花崗岩(俗称で御影石といわれたりします)があります。滋賀県では田上山や鈴鹿山脈などを作る岩石です。日本の他の地域でもよく見られる岩石です。
 花崗岩をよく見ると、砂粒ではないけれど透明や白色、黒色をした小さな粒の集まりでできているのがわかります。この小さな粒は鉱物です。たとえば、水晶等も鉱物ですが、これはもっと小さいです。また水晶ほどきれいな形をしている訳ではありませんが、全部鉱物です。何故、花崗岩はこのように鉱物の集まりでできているのでしょうか?それは花崗岩のでき方に関係しています。花崗岩は火山の活動に関係し、地下にあるマグマが地上に噴出しないで、地下でゆっくり冷えて固まったと言いました。マグマは岩石が高温で溶けた物なのですが、マグマはゆっくり固まっていくと鉱物を作るという性質を持っています。花崗岩は地下でゆっくり冷えていくので、鉱物の集まりでできているというわけです。では、マグマが急に冷やされるとどうなるのでしょうか?

 マグマが急に冷やされると、鉱物を作らないでそのまま固まってしまいます。そうすると粒のない緻密な岩石になってしまいます。マグマが急激に冷やされるというのは、マグマが地上へ出てくるとき、つまり噴出する事を指しています。地下にあるよりも空気にさらされる方が冷えやすいからです。ですから、ハワイ島のキラウエア火山の噴火などで出てくる溶岩にはほとんど結晶がありません(少しは入っています。これは噴火する前にマグマ溜りでできた鉱物です)。兵庫県の城崎や福井県の東尋坊などで六角柱の岩石が有名ですが、これは昔の噴火で噴出した溶岩である玄武岩です。滋賀県にも数億年前のものがあります。
 マグマが火山の噴火で空中に放り出されてできるものは溶岩だけではありません。他にどんな物があるのでしょうか?有珠山でも出てきましたし、雲仙普賢岳でも出てきました。それは火山灰です。火山灰は火山の灰と書きますが、燃えかすではなく、マグマが噴出して粉々になって冷えて固まった物です。ですから、元々はマグマの冷えて固まった物で、溶岩などと同じなのです。つまり、火山灰は爆発的な噴火のために、溶岩が粉々になって飛び散った物、なのです。ですから、溶岩にあまり鉱物が入っていないように、火山灰も鉱物はあまり入っていません(ただし、少しは入っています。この少しの鉱物から、それぞれの火山灰の特徴を調べたりします)。ほとんどは火山ガラスと呼ばれる、鉱物になっていない急激に冷やされた物の粉でできています。また、火山灰ほど粉々にならなかった物は、軽石になります。実際、有珠山の噴火でも軽石が発見されました。火山灰は、火山の噴火が大規模であれば、非常に広範囲に拡がります。たとえば、2万4千年くらい前に九州で噴火した(今の鹿児島湾あたりにある姶良という場所が、噴出した火山のあった場所と言われています)火山の火山灰は青森でも見つかります。それぐらい大規模なものになると、火山自身をも吹き飛ばしてしまうくらいの噴火になります。また、噴火の時に火砕流を出します。雲仙普賢岳の時に話題になった火砕流ですが、2万4千年前の九州の噴火の時に噴出された火砕流は、もっと大規模な物で南九州全体を覆ったと言われています。その時にでた火砕流の堆積物は現在南九州でシラスと呼ばれています(シラス台地)。
 しかし、滋賀県にもこのような大規模な火山噴火があったとされています。それは今から7000万年ほど前のまだ日本が大陸の一部で、地球上にはまだ恐竜がいた頃のことです。そのときに噴出された火砕流の痕跡が長命寺あたりや愛東町あたりに見られます。この火砕流の痕跡は、湖東流紋岩類と呼ばれる「溶結凝灰岩」として見られます。溶結凝灰岩とは、字から想像すると溶けて固まった灰の岩石です。溶けるとは何がどうして溶けるのでしょうか?それを知るには火砕流がどういう物かを知る必要があります。

 火砕流は、基本的には火山灰でできています。火砕流を噴出するような火山噴火活動は、爆発的で、噴出するマグマが粉々に砕け散ります。そのときに噴出されるのは、マグマが粉々になって固まった火山灰と火山ガスが放出されるのですが、このとき、マグマは急激に冷やされて粒状の火山灰を放出しますが、まだ、火山灰も火山ガスも高温のままです。高温の火山灰と火山ガスが火山の斜面を駆け下りて、遠くまで運ばれていくのが火砕流なのですが、火砕流の動きがとまるところで、火砕流の堆積物をためます。このとき、まだ火山灰や火山ガスが高温のままだと、火山灰の一部がもう一度溶け出して、それぞれがくっつきあいます。つまり、粒が溶けてくっつきあうので、また塊になってしまうのです。そうすると溶岩の塊のようになってしまいます。これが溶結凝灰岩です。また、火山灰自身が溶結(溶けて固まる)しないでも、長い年月をかけると泥岩や砂岩の用に岩石になってしまいます。これは溶結という言葉がつかないで、単に凝灰岩と言います。それが十分に時間が経っていなくて岩石になっていないと、そのまま火山灰と呼ばれます。呼び方が違うのと岩石になっているかどうかが違うだけで、元々は同じ物なのです。
 実は、昔の琵琶湖が作った地層である古琵琶湖層の中にもたくさんの火山灰層が入っています。これらの火山灰層は、数百〜数十万年前に九州や中部山岳地域などで噴火を起こした火山から降ってきた火山灰と考えられています(私の研究はこういう事をしているのです)。
 このように、火山の活動でできる岩石にも、火山が噴火しないでもできるものと、火山の噴火でできるものがあります。

「山ができたり湖ができたりするのは何故?」
 滋賀の岩石の説明の中で、昔、海にたまった泥や砂が、また、火山の地下でゆっくり冷えて固まった岩石が今の滋賀県の山を作っているという話が出てきました。そういう低い場所でできたものが何故今の山、つまり高い場所、にあるのでしょうか?

・)地震がおこり、断層で作られる起伏
 山や湖というのは、はじめからあるわけではなくて、作られていく物です。もし、山や湖が今の状態のまま方っておくと、山の岩石は雨や風で削られ、川に流されてより低いところへ砂や岩石が運ばれ、低い場所、つまり湖などは埋められてしまうので、山や湖の起伏はなくなって行きます。
 日本は地球上の位置として、大陸プレートの端にあって、海洋プレートが沈み込む場所にあります。ですから、いつもプレートが進む方向へ力を受けていることになります。そのため、どこか無理がおきてその無理をどこかで発散させようとします。大分違いますが、人間でもストレスをずっと感じていると、遊びに行ったり、カラオケや飲み屋に行くことで発散させたくなるのと同じ様な物です。ともかく、土地にかかっているストレスを発散させようと言う動きが、地震という現象として現れるのです。ですから、日本には地震が多いのです。阪神大震災の頃に有名になった言葉として「活断層」という物がありますが、これはプレートと関係がないように語られる事が多かったのですが、確かに、プレート性の地震とはちょっと異なっていますが、活断層が日本にこれだけ多いのは結局の所プレートが沈み込んでいる場所にあることによってストレスがかかっているためなので、全く関係ない訳ではありません。
 日本にはプレートの動きのために大変無理がかかっていてそれが地震や断層の原因になっていることはわかりましたが、それと山や湖ができることとどう関係しているのでしょうか?
 断層というのは読んで字のごとく、地層が断たれる(切られる)ことです。つまり、地面がストレスを感じると、それを発散させるために断層ができて、地震を起こすのです。図は断層のいろいろな動き方を示しています。お互いに横へずれてしまうとどこかが高くなったり低くなったりしませんが、逆断層や正断層がおきると、どこかが高くなったり低くなったりします。こう言うことの繰り返しで山ができたり、湖が埋まってしまわないということが可能になります。つまり、地震がおきることによって、山が高くなったり湖が深くなったりするというわけです。ですから、山が高くなるのに毎年何ミリずつ高くなるとか、湖が毎年何ミリずつ深くなるという事ではないということがわかると思います。


・)琵琶湖が移動するわけ
 琵琶湖は、400万年ほど前に今の場所よりもっと南のほうの三重県伊賀上野あたりでできたといわれています。これは、琵琶湖という水たまりがふらふらと移動してきたというのとは少しイメージが異なっています。これを考えるために、先ほど述べた事を思い出して下さい。湖ができたりするのは断層で低くなる場所ができるからです。ですから、琵琶湖もはじめは、断層ができて低い場所ができて、そこに水がたまってできました。そのあと、山から土砂は供給されましたが、何度もおきる断層の運動で湖は埋まりませんでした。そして何故か沈む場所が北の方へ移動してしまいました。はじめのうちは、北側よりはじめに沈んでいた場所の方が低いので、そちら側へ主に土砂が流れ込みましたが、そのうちはじめに沈んでいた場所は沈まないのでどんどん埋まってしまいます。そうする内に次に沈む中心になった北側の方が深くなります。そうやって、湖が北側へ移動しました。そう言うことが何度かあって、今の場所へ琵琶湖が移動してきたのです。ですから、湖が移動してきたと言っても、地震のたびに沈んでいく中心が北へ移動してきたと言う方が良いかもしれません。これは今の琵琶湖にも言えることで、今の琵琶湖が沈む中心は、琵琶湖の一番深い所の新旭町沖あたりにありますが、その前は近江舞子沖あたりで、それよりもっと前は、今の南湖だったと考えられます。ですから、今の琵琶湖は3つの湖からできている様な感じにもとれます。
 で、表題の琵琶湖が移動する訳は、断層の運動で沈む場所が移動してきていると言えばいいのですが、では、何故沈む場所が移動してきているでしょうか?残念ながらこの事については、まだよくわかっていません。

「すべては時間の流れの中に」
 私たちは、今の一時だけを生きているわけではありません。最近の平均寿命ですと80才くらいですから、人間一人でさえも80年という時間の流れの中で生きています。これを私たちの先祖まで含めるとどうでしょうか?最近の研究では、人類は500万年前にアフリカで生まれたと言われます。人類を取ると500万年という時間の流れの中で生きている事になります。この間には、人類だけではなく、いろんな生き物が生まれたりいなくなったりしています。またそれぞれの生き物の中にいろんなドラマがあったことでしょう。それには地球が生き物にどんな影響を与えていたのでしょうか?
 滋賀県だけを見てみてもいろんな事がおきていることがわかります。それは、滋賀県の岩石や地層や地形を見ることから考えられるのですが、これらの事はある時に一度に起こっているわけではありません。また、ほとんど一瞬のように起きることもありますが、多くのことは一人の人が生きている間に、”なにかおきたかなぁ?”と気づかないような長い時間の流れでおきていたりするのです。地学は、今現在何が起きているか?を調べるだけではわからないような事を調べるのに有効な研究です。
 今まで述べてきた話の中でも、何億年前という様な時間が出てきたと思います。それ以外に、恐竜の話などでジュラ紀や白亜紀などの言葉を聞いたことがあるかもしれません。映画のジュラシックパークのジュラというのは、ジュラ紀の事を指しています。これらの〜紀というのは年代のことを意味しています。何故こんな呼び方で年代を表すのでしょうか?たとえば、何百万年前や何億年前などでいいような気がするかもしれません。これは、地質学の研究史から考えるとわかります。
 もともと、何年前というものは地質学の研究の中でははっきりしない物で、わりと最近の研究でわかってきたことなのです。それ以前はどうしていたかというと、地層の年代を調べるというよりも、化石の研究が元になっていました。たとえば、〜地域の〜という地層からは〜という種類の化石が出る、という具合にいろんな地域を調べていきました。そうすると、いくつかの種類の化石が急にいなくなる地層があります。それはヨーロッパのだいたいの地域で一致するので、〜といういくつかの種類が急にいなくなる地層から、〜といういくつかの種類がいなくなる地層までを、〜(たとえばジュラの地層)と呼ぶ、と決めるのです。それで、その地層の時代を〜(たとえばジュラ紀)と決めたのです。それが今でも使われているのです。もちろんこの年代を決めるのに、いろんな地域のいろんな地層が研究されたのは言うまでもありません。また、数字でいう年代の事を絶対年代と言いますが、この年代は年代を測る方法によって年代値が異なったり、また一つの測り方の中でも、ある年代幅を持っているので、何年前とはっきり言えない場合があります。また、年代の調べ方の技術が進むとそれまでに測られていた年代が全く使えなくなったりします。そう言った曖昧な年代よりも、〜の化石があった時代という言い方(〜紀などの地質年代)の方が、地球でおこったそれぞれの事件の関係を考えやすいので、地質年代を使っているのです。
 先ほどさらりと流しましたが、地層の年代はいろんな種類の化石が急になくなる時代で分けられています。化石が急になくなることは何を意味しているのでしょうか?これは、いろんな生き物が急にいなくなった時代、つまり大絶滅をした時代を指しています。たとえば、白亜紀の終わりに恐竜が大絶滅したように。ですから、地質年代は、大絶滅から大絶滅までを分けた年代とも言えます。つまり、白亜紀の終わりに恐竜が絶滅したというよりも、恐竜をはじめとするいろんな生き物が絶滅した時代を白亜紀の終わり(中生代の終わりでもある)と決めたという感じなのです。

「終わりに」
 滋賀県という地球の中ではほんの狭い範囲の中にある岩石や地層の事を調べるだけで、地球全体を考えないといけなかったり、地学のいろんな事を知ることができます。ですから、地域だけを見ていてはダメ!というのではなく、その地域の事をしっかり見ていることは実は、地球のことや世界につながっているのだなぁという感じがわいてきます。
 また、地学は昔のことを見るだけではなくて、本当は長い時間の流れの中でどんなことが地球で起こっているのかを知ることに面白さがあると思います。たとえば、プレートが動いている所なんて誰も見たことがないけれども、長い時間の流れの中では見えてくる(というよりプレートが動いていることも今の科学で考えられている最も確からしいけれど説の一つ何ですが)ということ等があります。これをもっとすすめていくと、これから地球でどんなことがおこるのか?という将来の予測にもつながります。たとえば、今までに人間がいないときでも、人間が自然に対して大きな影響を与えていなかった頃でも熱くなったり寒くなったりしていた時代があったことがわかっていて、これからは寒くなってくる事が予測されるのに、地球温暖化になるのは人間のせいだとか、今までに起こった地震から地震予測をしたり(成功していない様ですが)することがあります。みなさんももう少し地学の事を知りたいなぁとおもったらどんどんいろんな事をやってみて下さい。そして、なにか面白いことがわかったら私にも教えて下さい。


「参考文献」
大原 隆・西田 孝・木下 肇 編(1989)地球の探求.朝倉書店,p226.
沓掛俊夫(1995)地球史入門.産業図書,p173.
宇井忠英 編(1997)火山噴火と災害.東京大学出版会,p216.
町田 洋・新井房夫(1992)火山灰アトラス−日本列島とその周辺−.東京大学出版会,p276.
アーサーホームズ,ドリスLホームズ改訂,上田誠也・貝塚爽平・兼平慶一郎・小池一之・河野芳輝 訳(1983)一般地質学 I [第3版] .東京大学出版会,p245.

(c)satoguchi

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