不定期連載 日々迷いの記録(2013年) 



・2013年12月28日(土)

●今年最後の出勤

 博物館の開館自体は,23日まででクリスマスとかもあいていませんでした.で,毎年恒例の展示室大掃除は,どの展示室も26日に行ったようです.私はA展示室の担当なので,そこをやっていましたが,普段できないところの掃除をすると,結構ほこりとかがすごくて,やっぱりちゃんと掃除しないと駄目だな,とよく思います.とはいえ,ほこりをへたに払うと,待ってしまってほこりっぽい展示室になってしまったりするので,やはりこういう長く休館するときでないとそういう掃除はできないなと思います.A展示室でいうと,コウガゾウの上のほうのほこりを落としたりとか.
 で,休館に入っているにもかかわらず,普通の会社とかは昨日までが仕事でしょうが,なぜか琵琶湖博物館は今日まで.もっとも,水族の飼育員とか担当の学芸員とかは,年末年始にも出勤しないといけないのですが.あぁ,大変だ.夕方には館長から今年最後の挨拶がありました.年末とか新年とかいっても,特になにが変わるわけではないのですが,こういう節目というのは,意識的にしないと,気持ちを切り替えたり,掃除をしたり,身の回りを整えたり,という機会がないので,それはそれで重要なのだろうと思います.
 今年もいつものように早い一年だったなぁ,と思うのと,今年はいったい何ができたのだろう?と反省することが多いのですが,来年もなんとかやっていくしかないな,と思います.朝から湖の向こう側の山々は白くなっていて,夕方は天気がわるくなってきて,今にも雪が降りそうな感じですが,年末年始にたいした問題もなく,新しい年も健康で博物館の仕事をしたいものです.
 このページの読者がいるのかわかりませんが,今年も乱れっぱなしの文章につきあっていただきありがとうございました.更新頻度は低いと思いますが,どうか来年もよろしくお願いします.


・2013年12月22日(日)

●リニューアル

 琵琶湖博物館は,現在リニューアルの検討を行っていて,去年度は新博物館ビジョンの策定で,今年度は基本計画をつくるというのが仕事になっている.こういうリニューアルをする時というのは,もちろんだけれど,中にいる職員のわがままでつくりたいことややりたいことをやる,という案ではいけないわけで,琵琶湖博物館にとって,もっといえば,滋賀県の人びとにとって必要なことは何か?という提案でないといけない(のだろうと思う).この場合の,県民にとって,というのは難しい判断なのだけれど,直接的だけではなく,間接的にという考えとか,長い目でみた将来的に,という考えも必要です.特に博物館とはそういうところだと思います.なので,博物館利用者とか,利用しないけれどこれから利用するかもしれない人たち,専門的な分野の人とか,いろんな人から意見を聞くことが重要だろうこともある.そういうわけで,リニューアルの検討には専門的な立場から意見を聞く委員会というのがあって,その委員会は今日ありました.いろいろいい意見をもらって参考になりました.今回は公開で行われたので,記者さんが取材に来られていました.


・2013年12月20日(金)

●展示準備とかいろいろ

 以前の文章を読み返してみると,かなり文章が乱れているのがわかる.あと,適当感がちょっと.これではいけないなと.もうちょっとまじめに文章を書こう.
 アケボノゾウ発掘のギャラリー展示は明日からで,今日で準備は全部終わった.といっても,担当は高橋さんで,最後まで細々としたところの展示準備をしていたのは高橋さんなのだけれど.私は展示の一部をやったのと,準備を少し手伝った程度.展示室はいつもの広さではなくて,壁を操作してちょっと小さめになっている.この方がこぢんまりしていていいかも.と,展示を見に来た人がそう思ってくれるかどうかはわからないのだけれど.
 私がこの展示でだしたのは,発掘地ででている火山灰層のはぎ取り標本.この火山灰層のおかげで,発掘地の地層の年代がわかった.ようするにアケボノゾウがいた時代がわかったというわけ.そういう,研究では結構重要な役割を持っているのだけれど,展示にすると「なんだか白っぽい壁紙みたいな物」が置かれているに過ぎないのはちょっと寂しい.今後,火山灰の展示とかをするときに,もう一歩の工夫が必要だなぁ,と今更な感想をもった.やっぱり地層を展示するのって難しい...

●首都直下型地震の検討

 国の中央防災会議は,首都付近で直下型地震がおこった場合の被害想定の報告書を19日に発表したらしい.らしい,というのは私はそれをみていなくてニュースで知っただけだから.NHKなどでもやっていたのだけれど,その時の話題になっていたことは,被害の大きさよりも,企業の事業継続計画(BCP)についてのことだった.実際問題,地震はいつ起こるのかわからないのだけれど,確実にいつかは起こる,というもので,どれだけ被害を最小限に抑えるのか?という準備が大事だ,という考えになってきている.企業としては,地震による被害は,地震で直接うけるダメージもあるけれど,いつから事業を再開できるのか?ということも大きな問題で,それに向けた検討・準備をしておくということも重要だ.大企業であれば,いくつもの工場をもっていて,うけるかもしれないダメージの危険度を分散させることも可能だけれど,そうでない企業は事業再開へのめどを立てておくことが,企業としての被害を小さくすることにつながる,というような内容の報道だった.実際問題,地震で直接被害を受けて,それに対応した事業の立て直しに時間が係れば係るほど,工場が動いたのに仕事はない,という状態に陥る危険性が高くなる.そういう問題もあるのだな,とテレビをみていて大変勉強になった.
 それにしても,首都付近にはいろんなものが集中しすぎていて,少し問題が起きただけで,大変な状態になるという大きなリスクを背負っている.なにも起こらなければ,重要なものや企業や人やいろんなものが集中している方が効率的でいいのかもしれないけれど,それだけリスクも大きくなるというもの.特に,首都付近は,プレート境界が近くにあって,しかも地球上で珍しいプレートの3重会合点も近いところにあって,活断層も多く,近くに富士山という火山がある,という地理的位置にある.そういうことはいろんな人がいっている(に違いない)のだけれど,頻繁にあるわけではない自然災害のことを心配するというのは,難しいのかもしれない.だからこその中央防災会議なのだろうけれど,人間が密集しなければ災害も減らせるわけで,そういうところまでは突っ込めないのでしょうね.


・2013年12月13日(金)

●冬のギャラリー展示がきまった

 以前にこのページで,ギャラリー展示をするかも,ということを書いていましたが,実施が決まりました.タイトルは「アケボノゾウ発掘から20年−新たな発見を求めて−」です.内容としては,20年前に多賀町で行われたアケボノゾウの骨化石発掘と20周年を記念して行われている再発掘についてで,これは,つい最近まで多賀町立博物館で行われていたものの巡回展で,一部は琵琶湖博物館だけの展示も追加される予定です.
 昨日,資料を借りに多賀町へ行ってきました.今回は20年前に発掘された骨化石のレプリカも借りてくるので(レプリカといっても実物大で非常に精巧にできているもの.ちなみに実物は多賀にあります),こちらへの運搬をするために梱包とかもちょっと気合いをいれて,と.あちらについて,向こうで展示しているものを片付けながら,こちらで必要なものを梱包して,骨化石レプリカも梱包して,車に積み込んで.と文章にすると簡単なようだけれども,梱包するのは結構大変だ.正月は3日から開館していますから(もちろんその時にもやっています),見に来てください.今日も高橋さんが標本を並べたりと展示の準備をしていた.
 ちなみに,右にある画像は,現在多賀町立博物館にあるアケボノゾウの骨格組み立て標本のレプリカの頭部分ですが,周りにきらきらした物がついています.よ〜くみるとクリスマスイルミネーションだということがわかる.アケボノゾウの骨のまわりで,ピカピカ,チカチカしていて,琵琶湖博物館ではそういう発想は出てこないけれど,ここでみるとなんだか和む.

●13日の金曜日

 今日は13日の金曜日.13日の金曜日,ということでなんとなく反応してしまうのは,ある年齢層に限られているのではないか?と思うのだけれど,そんなことはないのかな?もちろん,欧米の一部地域は宗教的な背景のある話題なのだけれど,日本の私の世代だと,ジェイソン,を思い浮かべる.宗教色ではない.それだけの話.
 日の話というより,もうすっかり冬になったなぁ,という感想の話だけれど,私が季節を感じるのは,風景とか気温とかあるけれど,冬は特別に感じるものがある.博物館から帰るのは夜が多いのだけれど,博物館をでたところで,オリオン座がきれいに見えだしたら,「あぁ,もう冬だなぁ」と感じる.星座に詳しくない人も,オリオン座はすぐにわかるだろうと思うくらいわかりやすい星座だ.冬の代表的な星座,かどうかはあまり自信がないけれど,私にとっては,冬を感じる風物詩の一つであるのはたしか.今日もオリオン座を見つつ帰ろうかな.


・2013年12月7日(土)

●暖房がはいった

 琵琶湖博物館の空調機は不調だったのが,どうやら直ったらしい.今日から展示室は暖かくなった.だからみんな安心して博物館にきていいと思う.暖房が入ったといっても,建物の根本的な構造の問題があるので,天井の高いところとか,どうやっても暖かくならないところはできてしまう.たとえば,図書室がそう.本当ならゆっくりと調べ物ができるはずの図書室が,寒くってそれどころではない,という状態になっている.地学の研究室での話では,こたつをおいたらいいんじゃあい?とかそういう話がでたりするけれど,そういうのはお話の上でのことで,実現は難しい.

●環境のこと

 高島のあたりで高い濃度の放射性物質を含む木材チップの放置が見つかっていた問題で,一昨日,処置できる見込みが付いたということが発表されていた.こういう時勢の時にそういうものを放置しようとする考えがよくわからないなと思う物の,よく考えたら放射性物質があろうとなかろうと放置(というかそこに捨てたのだろうけれど)すること事態がだめだ.それは今回のことに限ったことではなくて,私のように地層が露出している崖を求めてさまよっている(野外調査のこと)と,人気のない崖とか,小さな河川とかに粗大ゴミが捨てられていたりする.捨てた人はいずれ朽ち果ててくれることを期待しているのかもしれないけれど,人間のつくった物って結構丈夫らしくて,いつまでも残っている.それは粗大ゴミだけではなくて,空き缶とか空き瓶とかそういうものも見られる.製造年月日がなんとか見えるようなものだと昭和のころのものとかは普通にみられる.
 そういうところに捨てる,という人はとりあえず自分の空間から邪魔な物がなくなればいい,と思っているからだと思う.もちろん,その背景には廃棄するにはお金がかかるのでそのお金がないかもったいないと思っているからというのはあるのかもしれないけれど.自分のみえないところに行けば,とりあえずあとはどうなっても自分には関係ないことだと思えるから.これまで琵琶湖博物館にいて,環境のこととかを考える時に思うのは,環境のこととかが自分とつながった話だ,という気持ちにならないと駄目だなと.琵琶湖博物館には社会学の人もいるので,そういう人と話しをしていると,昔の人たちは自分たちの環境とか琵琶湖をもっと身近に感じていて,周辺環境を汚す=自分たちに返ってくる,という意識が強かったように思われる.なので,展示もいかにして環境のこととかいろんなことを,自分に近いこと,つながっていること,と感じてもらうか?が重要なのかなと思う.もっとも,私が研究で行っていることは,かなり時間の長い話なので,すぐさま自分の暮らしに直結して考えてもらうというのは難しいのだけれど,そういう昔起こった出来事は自分と関係ない=大地を汚しても大丈夫,という考えになってしまってはいけないので,あぁなるほど,と思ってもらえるような展示の工夫が必要だなと.そういうことを思うのは,今がリニューアルを検討しているからなのだけれど.


・2013年12月3日(火)

●12月にはいった

 今年もあと1ヶ月をきった.毎年おもうけれど,早いものだ.琵琶湖博物館の開館は24日までで,クリスマスまではあいていないのだけれど,私たちはその後の大掃除とかその他諸々やることはたくさんある.といっても,官公庁の仕事納めと同じくらいまで.個人的には休日の振り替えがたまっていて,12月の後半は余り出てこなくてもいいくらいなのだけれど,そういう休日というのは学芸員にほとんど意味がない設定.年始は官公庁より早く3日からの営業.これは博物館からオープンするから.来年度はちょっと動きがある様子だけれど,これは今議論中とのこと.
 さて,現在の琵琶湖博物館はとっても寒い.冬は寒いものだ,という当たり前のことはわかっているけれど,展示室も結構寒い.これは環境に配慮して電力消費を減らす,ということではなくて,どうやら空調機が故障しているらしい.職員の働く場所が寒いのはいつものことだけれど(外気温とだいたい同じだけれど,風よけができるだけまだましという場所),展示室が寒いのはなんとかしないといけない.ということで,今いろいろとがんばってもらっているらしいので,ちょっとの間は来館者にも我慢をしてもらわないといけない.申し訳ない.
 話は変わって.博物館はいろんな人が利用します.だから,質問もいろいろ.最近あった質問は,災害関係のことがなんこかあった.一つは,地震が起こった場合の災害対策を考えている人からの,地盤に関する質問.もう一つは,とある環境系の会社から活断層の位置に関する質問.断層についてのことは,結構難しくて,何が難しいかというと,あまり詳しくわかっていない断層が結構あるから.断層というと,地層をすぱっと切っている(ずれている)ことを思い浮かべるかもしれませんが,それがいつくらいに動いた物なのか?がわからないと活断層かどうかは議論できないのです.もう一つの問題は,活断層は地形に影響するものが多いので,逆に地形的に活断層でできたと考えられる場所があれば,そこを推定断層,として考えることもあります.そういう断層は,現在の地形に影響を与えているのだから,推定される活断層,ということになる場合も結構あります.そういうものは,活動度(活動時間幅とか活動規模とか)がわからないので,断層評価も難しい.そういう質問がくると,私のように地震とか断層を専門にしていないものは,お手上げ,ということになる.といっても,その分野の専門の人に聞いても,現在の科学でわかっている情報があまりない,ということも多く,専門の人に聞いても,まだよくわかっていない,という答えの場合も多いです.人間の自然への理解なんてそんなものです.わからないことだらけだ,という前提で,いろんなことを考えていかないといけないのは,なかなか難しいことだと思います.


・2013年11月23日(土・祝)

●びわ湖タワーの観覧車

 今日は質問コーナー(代理).別の人の代理で座っている.来館者はまぁまぁの入りようで,そういえば今日は祝日だから,紅葉シーズンでもあるし,人の外出が多いのかもしれない.質問コーナーがある図書室は,窓が大きくて二階まで吹き抜けだから寒い.暖房が入っていないから当然かもしれないけれど,暖房が入る時期になっても,天井が高いのでかなり冷え込む.こんな設計にしたのは一体誰だろう,と来館者の利用のことをあまり想像できなかったのだろうなぁ,などとちょっと毒づいてみる.

↑ 2013年10月23日撮影

↑ 2013年11月21日撮影
 そんな愚痴を書くためにこのページがあるわけではないのです.
 琵琶湖博物館から見える琵琶湖の景色に,対岸の観覧車があって,これはびわ湖タワーという過去にあった遊園地などの複合施設の名残.イーゴスという名前で,できた当時は世界一の大きさを誇っていたそうだ.びわ湖タワーが撤退して,観覧車も動かなくなった.観覧車を再始動することを考えて,点検しながら残していたのだそうだ.このほど,ベトナムあたりにもらわれていって,そこで再始動するらしい.
 9月くらいから解体が始まっているそうで,右にある写真の上は10月23日,下は11月21日のもの.10月でだいぶなくなっていて,今はもうほとんどないくらいに解体が終わっている.なくなってみると「あそこに何かあったっけ?」という感じになるけれど,きっと昔からその近くにいて知っている人にしてみると,ちょっと寂しい感じなのかもしれない.
 観覧車が止まる,という時に,結構のりにいった人が多いらしい.私は結局一度も乗る機会がなかったけれど,知り合いの研究者は,ちょうどその時期にやっていた堅田丘陵の造成工事の現場を上からみるために乗るのを考えた.でも,一人で乗るのもなんだから,ということで知り合いの子どもと一緒にのった,というような話も聞いた.そういう利用のされ方もあったなどとは,きっと運営をしていた人は知らないだろうな,などと思いつつ【時代は変わる】そんな言葉が頭を巡る今日この頃.


・2013年11月21日(木)

●火山島

 最近は,なんとなく見過ごせない書いておこうと思うネタが多い.
 今朝のニュースをみていたら,小笠原諸島の海底火山の噴火活動でそれが島になったらしいことをいっていた.海上保安庁が撮影したらしい動画も映し出されていて,火山灰を多く含んだような真っ黒い爆発噴煙と,水蒸気が多いであろう火山ガスが中心の噴煙が上がっている映像が出されていた.火山噴火は近くにいると危ないだろうから,海上保安庁が注意を呼びかけているけれど,遠くからの映像をみている限りは素直に「すごいなぁ」という感想がでてくる.
 私は火山灰の研究をしているけれど,火山噴火を実際に見たことはほとんどない.鹿児島に訪れたときにたまたま桜島が噴火した時があって,何度かは遠くから,何度かは桜島にいるときくらいだ.鹿児島の人は慣れっこになっているので,本当にひどい噴火でない限り(避難を要するような),それほど慌てた様子もない.桜島にある公園には,ちょっと隠れることのできるシェルターのようなものがあって,急に噴火が始まったときはとりあえずそこに逃げ込めるようになっていた.間近でみた時でも(今にして思えばなんと危ないとおもうけれど)素直に「噴火ってすごい」と思ってしまった.私のようなものでもそうなのだから,火山噴火に何度も遭遇していてそれそのものを研究している人にとっては,結構大きな噴火でもそういう感動というのはあるのかもしれない.でも,どんな噴火でも危ないには違いない.
 ニュース自体は,領土のことが中心にされていたのだけれど,なぜあの場所で火山活動があって,火山島ができるのか?とかそういうことには(やっぱりなと思ったけれど)触れられていない.火山島はできそうにない位置をさして,このあたりにできたら日本の領土(領海)が増えるのに,とかいっているアナウンサーまでいるしまつ.そんなところには火山活動はないよ,と心の中でつぶやきつつ,冗談でいっているのだろうなと思いつつもアナウンサーでもそういうくらいなのだから,やっぱり地学をちゃんと広める努力をどこかでしないといけないな,と結局昨日と同じ結論に行き当たる.


・2013年11月20日(水)

●原発のこと

 今月の18日に,福井にある原発が東日本大震災時にあった福島の原発のような事故が起こった場合には,琵琶湖へどういう影響があるか?というシミュレーションの結果を,滋賀県が発表した(たぶんシミュレーションをしたのは琵琶湖環境科学研究センターだろう).私はそのことはニュース(テレビ)で知ったのだけれど,最悪の状況(今考えられるという意味で)の場合には,ということで,原発で事故が起こったらかならずそうなるということではないと思う.
 けれども,行政の想定はいつでも,いくつかのパターンを考えておかなければいけないし,特に,一番ひどい場合はどうなるのか?という想定のもとに準備は必要だと思う.たとえば,琵琶湖博物館で火災が起こったらとか,直下型地震がおこったら,ということは想定して,それも夏休みの一番人が多いときにおこったら,という想定は(琵琶湖博物館に限らないけれど)必要だと思う.
 もちろん災害なんておこらないにこしたことはない.けれど,絶対それはない,と言い切れない限りはその想定とその場合にはどうするのか?という検討は必要なのだろうと思う.
 ここでちょっと気になるのは,私のような地質学をやっている人間にとっての考える時間スケールは世間ずれをしていて,ちょっと(かなり)長い.けれど,その現象は必ず起こる,というものを知っている,ということ.たとえば,活断層が動く周期は対象によってそれぞれだけれど,数百年〜千年くらいと考えられている.日本の場合活断層はかなりたくさんあるので,一つ一つの周期は長いとしても,ある地域で見た場合には,わりと頻繁に起こると考えた方がいい.頻繁にといっても,百年とかそれ以上の時間間隔はあるのだろう.火山活動などは,私が研究している火山灰を広域に降らす噴火活動を考えると,それこそ数千年〜数万年に一回.だから,人間の生活にはほとんど関係がないといってもいい.けれども,それは確実にやってくる.日本でのそういう噴火は一般的に7千年前の鬼界カルデラの噴火だと言われている.私の研究で,古琵琶湖層などに入っていた火山灰層からみたものでそういう大規模な噴火が頻繁に起こっている時は,2千年間隔くらいだった.長い時は数万年なので,当分ないのかもしれないし,すぐくるかもしれない.こういう非常に間隔が長い災害の場合は,それが起こってしまうと本当に壊滅的な被害を受けるけれど,今の世の中にとっては無視できるほど可能性の低いことかもしれないので,想定をする意味がないと感じられてしまうことも多い.けれど,それが問題なのは,全く関係ないかもしれないけれど,いつかは必ず起こる自然現象だ,ということ.
 そういうことを考えてもしょうがないのかもしれない(特に滋賀県では)し,関東の方で問題になる火山は,そんな大規模なものでなくて,富士山が噴火したら?という方がもっと切迫した恐怖だから,そっちの対策の方が重要.滋賀県に取っては,本当に重要な対策って何だろう?ちなみに,滋賀県内で起こった一番最近の直下型地震は,104年前の姉川地震(江濃地震)だ(このことも私が担当でギャラリー展示をしたけれど).私は防災の研究はやっていないし,防災担当の職員でもないから,なにも発言できないけれど,学校で地学が壊滅的な現状の中で,地学的な自然現象についてもっと知ってもらうような活動はできると思う.そんなことをよくこのページでも書いているけれど,日々の仕事に埋もれてしまっている気がする.



・2013年11月12日(火)

●多賀の発掘

 多賀町は滋賀県の北東あたりにある町で,ちょっと山手のあたりにあります.多賀大社がある場所と説明した方がわかりやすいだろうか.ここでは今から20年前にゾウの化石がでました.ゾウといっても,動物園にいるアジア象とかではなく,地球上からはもういなくなった種類.アケボノゾウ,と呼ばれている.アケボノゾウは,今のところ日本でしか見つかっていない種類で,それ以前に大陸とつながっていた頃に日本へ渡ってきた種類から進化したゾウだと考えられています.琵琶湖博物館では,A展示室のゾウのいる森というジオラマでその復元された姿が見られます.
 20年前には,その発掘現場が企業誘致の関係か土地整備が行われていた時代で,いろいろあって工事現場から見つかったそうです.はじめは牙が見つかって,調査をしていくとほぼ一体分の骨化石が見つかったのだそうだ.私はその頃,大学院にいて,化石が発掘された話を聞いていた.その標本のクリーニングとか記載は私の後輩(今は甲賀市にある博物館の館長をしているけれど)がやっていた.
 さて,それを20年の年月を経てまた発掘をしようという動きになっています.ここでも何度か書いていると思うけれど,これまでにも何度か発掘調査はやっています.私は,当時の環境を地層から復元しようという担当なので,私がやるべきこと(というかできること)はだいたい終わっているのだけれど,発掘調査はまだ続くので.今回は一週間の期間の予定で発掘をすることになっている.現場は民間企業が持っている場所なので,そこの協力のもとにやらせてもらっているから,期間が決まっている.まぁ,いつでも調査,と言われても,私はそんなにはどのみちいけないのだけれど.
 今回一発目の今日,私は博物館で朝に用事があったから,本当の集合時間には遅れていきました(すいません).で,多賀へ向かう道中で雨が降ったり,空がどんよりしていたので,きっと中止だろうな,とか勝手に思っていた.いってみたら,みんな作業をしている.もっとも多賀町では雨はまだ降っていませんでしたけれど.とりあえず,作業に参加したのですが,頭注から雨も降ってくるし,気温はぐっと下がるしで,調査によくありがちな,天候は悪いけれどやめるにやめられない,という状態だった.私も学生時代は元気があったから,雨の日の調査なんてなんともなかったけれど(学部学生の時は房総半島で雨にふられても崖を削って調査をしてお昼なんかも雨に降られながらたったままポンチョの中でおにぎりを食べたりしたものだ),今はチャンスがあればすぐにやめよう,と思うほど軟弱になってしまった.
 お昼の時間になったので,作業を一時中断してお昼ご飯を.食べている間も天候は回復せず,天気予報をみて,午後は中止になった.今日の成果は,発掘場所(一部)を30cmほど掘り下げた.私は貝の化石をみつけた.そんな感じ.
 明日も明後日もあるのだけれど,私は職場事情により不参加.今回は日曜日までやるということなので,土日曜日は参加するだろう.その間にどんな成果がでるのやら.きちんとした成果報告は多賀町から発表されることと思います.
 それと,現在も多賀町立博物館で,20年前の発掘と今回の発掘の報告展示をやっています.これは巡回展示になる予定だから琵琶湖博物館でもやると思います.正式にきまったら,このページでも連絡します.


・2013年11月5日(火)

●どうにも調子がよくない

 高知に行っている時にもそうだったのだけれど,どうにも調子がよくない.のどの奥が腫れているような感じと,口の中(ほっぺたの内側)が腫れているような感じ.顔はなんとなく赤っぽい.はじめは食べ物アレルギーか何かかと思ったけれど,かゆくも痛くもないし,と思って病院にいっても,原因はわからず.で,そのまま放っているけれど,どうにも調子が回復しない.理由の一つは過労だろう,というのを自分でいうのは変だけれど,最近肩こりがひどくて,そういうのもあるのだろう.免疫力の低下.
 そんなことを職場で話していたら,今年の季節の変わり目はアレルギーとかが例年よりもきつく出ているという話をきいた.そういうこととも関係しているのだろう.私は春の花粉症もちだけれど,来年の春は結構ひどいらしいよ,というのをニュースかなんかで言っていた.だいたい,いつもそんなことをいっているように思う.
 調子が悪いと,ものを考える力が低下する.私の今の博物館仕事は,リニューアルのことをまとめるということだけれど,理屈を考えたり,方針を考えたりという文章作りは,ちっともはかどらない.がつっと休養をとってからの方がいいのだろうけれど,そういう時間もない.そんならこんな文章をかかなきゃいいのに...とは正論.


・2013年11月3日(日)

●高知

 気がついたらもう11月だ.今年度は科研費があり,その研究も進めなければいけない.研究費があるというのは研究が進められてうれしい反面,それをどうしたってやらないといけない(成果を出さないといけない)というプレッシャーというか義務があるので,それはそれで大変.研究時間がたっぷりあるということは,どんな職場でも難しい時代なので,そういう贅沢は言ってられないけれど,うちの博物館の事情としてもいろいろと大変な時期でもあるので,そういう意味でも時間を作るのが難しくなっている.
 さて,私のつまらない愚痴はいいとして,その科研費関連で高知に行ってきた.目的は高知コアセンター.ここには,基本的には海底で掘削されたボーリングコアが保管されていて,国際プロジェクトで行われたものの他,海洋研究開発機構が行ったものや高知大学が行ったものなどが【冷蔵・冷凍】で保管されている.私は,科研費プロジェクトに関係しているボーリングコアを見せてもらいにいってきた.高知コアセンターを訪ねるのは初めてだったが,さすがに,世界の研究者が来るところだけあって,すごいところだった.コア担当の方も対応がよくて大変助かりました.研究機関というのはこういう所のことを言うのだなと思った.それで,今回の目的はとりあえず達成できたのだけれど,問題はこれからその採取した試料の分析をやっていかないといけないところ.そんなことが問題になってはいけないのだけれど.
 高知へはそれほどなんどもいったことがあるわけではないので,高知自体も知らないことばかり.もちろん坂本竜馬に関係しているところとか,地質のこととかはある程度知っているけれど.坂本竜馬は本当にたくさん観光の目玉的に扱われている.あとは紀貫之.そういう,何か一つ二つを,というウリのわかりやすさというのは必要なのかもなぁ,などと,博物館運営的な視点で見てみたりしていた.あとは,食べ物はおいしい.皿鉢料理に代表されるように,海のものは豊富なようす.高知大学の人に連れて行ってもらったところで食べたウツボ料理は初めての経験で,あの姿からは想像できないけれど,かなりおいしい物だと思った.土地の人は,ウツボを当たり前のように食べているけれど,それが結構特別なものだ,ということは外の人の目線でないとわからない.そういう意味では,博物館が琵琶湖のことを展示していて,滋賀県の人は当たり前だ,と思っていることが,実は結構すごいことなんだよ,というのは外から目線でないとわかりにくいのかもしれない.そういう説明をしても,なかなか理解が得られないのはどうしたらいいのか?とまた,ここでも博物館運営目線.もうこういうのはどこにいっても職業病というかそういう目線になって困る.


・2013年9月22日(日)

●大雨

 先週の9/16に静岡に上陸した台風は日本のいろんな所に被害をもたらした.台風でいつも大きな被害を受けている九州などはあんがい無事だった様子.その日の私は仙台であった学会の最終日で,前日の台風情報からもう一泊するか早めに帰るかの選択を迫られていた.といっても次の日には博物館で会議があるので,もう一泊という選択肢は本当はなかったのだけれど.それで,午後からのセッションで聞きたい発表もあったけれど,昼過ぎのポスターセッションで何人かの人と議論と打ち合わせをした後に,帰ることにした.仙台駅は,東北本線全線ストップのためにごった返していた.新幹線はかろうじて動いているものの,ダイヤが乱れていることと,在来線にのる人が流れてきていたので,かなりの込みよう.とりあえず東京までは行こうと思い,2時間以上新幹線でたったままで東京まで行く.静岡〜東京あたりに台風がいたのは午前中なので東海道新幹線は大丈夫と思っていたら(私はスマホを持っていないので情報がなにもない)15時まで富士川の冠水のためにストップしていたらしく,やはり東京駅もごった返していた.新幹線にのるのに1時間以上ならび,なんとか乗れたものの当然ながら新幹線もゆっくり目に走っていた.そんな感じなので,長い時間係ってようやく京都まできたら,関西の交通もほとんどストップの状態だったということに初めて気づく.その後,ニュースなどで,関西でも冠水と土砂崩れなどの災害がひどかったことを知った.
 琵琶湖の水位は,+80cmちかくまでいっていたらしく,結構危なかったのだなと.テレビなどのニュース映像をみていると,冠水したところや,洪水があった所は,水の被害よりも,泥の除去が大変だという.私は,地層を対象にした研究をしていて,川の周りの湿地環境として泥の地層があることを理屈では知っているのだけれど,こういうニュースを見るたびに,洪水で川の周りの環境には泥がたまるということをいやというほど思い知らされる.
 人間は定住を始めてから,自分たちの暮らしやすい所に居場所をつくってきたと思う.その暮らしやすさは,はじめの頃はおそらく水が手に入るとか,燃料が手に入るとかという要素が結構大きかっただろう.生きていくために必要なものを手に入れるということだけれど,それプラス,しょっちゅう起こる自然の災害(例えば洪水とか)を避けた場所,という要素があった.たとえば,滋賀県の明治期の地図とかをみると,集落は,微高地(ちょっと高くなった場所)や湖西地域ではちょっと湖から離れた丘陵とか,洪水の危険性を気にしていたのか,それとも,過去のそういう平らな場所は人が住むのにあまり適していなかった場所なのかもしれない..現在の人びとにとっての暮らしやすさは,駅に近いとか(交通),ショッピングセンターに近いとか(食料などの取得)が中心だと思う.そういう交通や商業地は,土地開発の関係からだいたい平らな場所につくられることが多い.滋賀県の湖東平野は基本的に野洲川などの大きな河川がつくった場所なので,洪水が起こりやすい場所でもある.現代人はそういう自然災害を起こしやすい場所に好んで住もうとする.じゃぁ,山の方に行けば安全かというと,土砂崩れの危険性もある.直下型の地震などは,その頻度が少ない(けれど危ないのは言うまでもない)けれど,洪水は大規模なものでも人生で数回は起こりうるものなので,やはり自分のいる場所がどういう場所で,危険な状態になったらどういう避け方(逃げ方)をするのかを知っておいた方がいい.という私も普段からそれほど意識をしているわけでもないので,こういう時だけでも,もう一度確認を,ということだろう.

●いなずまろっくふぇす

 ここ何年かこの時期の烏丸半島は,若い人たちであふれかえります.そうイナズマロックフェスがある.もう何年も毎年行っているので,ちゃんと行事化しているように思う.昨日も今日も結構朝早くに駅からタクシーで烏丸半島にきて,よい場所を取ろうと並ぶ若い人たちを見かける.
 このロックフェスには無料空間があって,サブステージがあったり,滋賀県の食材を使った食べ物などのブースがあったりする.そのブースには,滋賀県をアピールするコーナーがあって,その一部に琵琶湖博物館も簡単な展示を出していたりする.ここ数年は私はそういうイベントへの対応をする部署にいるので,そういうのを手伝ったりする.要するに,ロックフェスに来ている人たちへ琵琶湖博物館を紹介するというような仕事.もっとも今年は,設営と片付けを手伝ったに過ぎないのだけれど.去年はたしか呼び込みというか,道行く人たちに博物館をアピールするというか紹介をしていたりしていたのだけれど,他府県からも多くの人がきていて,今年で何回目,という感じの人も結構いる.来年もきますといっている人も多いので,そういう人には年中行事の中に入っているのだと思う.残念なことに,まだ博物館へは行ったことがない,という人が多いので,できれば遠くからきている人にも見てもらいたい.今年は片付けをしている時に少しだけそういう人たちと話しをしましたが,何回もきていて今まで一度もいったことがないから今年は行きました,という人がいました.思っていたより規模が大きくて面白かった,とお褒めの言葉をいただきました.やはり博物館が褒められるとうれしい.


・2013年8月13日(火)

●夏休み

 世間では夏休みのようです.学校は大学も夏休み期間にはいったようですし,会社によっては今週中はお盆休みだとか.琵琶湖博物館では,学校が夏休みにはいってからは平日でも割と人が多い.夏はやっぱり活動的になるのだろうか.
 今日は質問コーナーでした.普段の平日であれば,質問コーナーには学校団体か,ちらほらと質問があるという感じなのですが,夏休み中のお盆ということもあってか,自由研究に関する内容が多かったです.あとは,学校とは関係なく興味で質問される方なども多かったと思います.結局今日は質問の対応で賑わっていた一日でした.それにしても,自由研究とかの小学生の質問は結構高度なものが多くて,子どもたちの興味でやっているものはいいのだけれど,学校の先生が出す宿題テーマみたいなものは,かなり漠然としていて答えに困るものも結構あります.個人情報ではありませんが,そのまま出すのはまずいと思うので,感じでいうと,地球ってどんな星ですか?みたいな感じ.そういう質問の場合は,逆に聞き返すようにしています.「あなたはどうだと思いますか?」みたいに.このあたりのやりとりはなかなか難しいなといつも思う.
 さて,世間は休みのようで,県庁なんかも休みの期間があるようですが,博物館にはそれがありません.もちろん,たくさんの人が利用したいと思う時期なので,サービス業としては休まない必要もあります.私はというと,質問コーナーの割り当て以外にはあまり表にでることはありませんが,今担当している仕事の関係で,休みを入れている日に仕事がはいることもままあります.で,地域の人との活動とか,研究(博物館の展示に必要だったり琵琶湖の内容)の関係とかもあるので,こういうのを入れていくと休みはなくなります.今月の今までの休日は1日.今月はたぶん3日〜5日くらいになるのかな(隙間をみつけられたらもう少し増えるかも).学芸員になりたいと思っている人がいたら,やめておいた方がいいと助言します.もっとも,世間にはこれ以上に過酷な職場はたくさんあるので,学芸員が特殊だとも思わないですけれど.ちょっと愚痴っぽくなってしまった.

●多賀の発掘報告会

 先日,多賀町の博物館で,多賀でやっている発掘調査の(関係者向け)報告会がありました.なぜ一般向けではないかというと,今回の発掘は,研究として発掘をするのにあたってきちんと勉強しながら参加してくれる一般の人と一緒の行っています.なので,そういう人たちと情報を共有するために,専門的に調査後の分析とかもやっている専門班(とよんでいる)のそれぞれから現段階でわかったところまでを報告するということをしました.私は地層の担当なので,年代とか堆積環境(当時の地層をためる環境)の話をしました.これは結構大変というか難しくて,今の琵琶湖がどうやってできていったのか?という大問題と関係しています.もちろん,多賀町の発掘地だけの環境であれば,それほど難しくはないのですが,なぜその場がそういう堆積環境だったのか?を考えるためには,当時の琵琶湖地域がどういう環境だったのか?を考えないとわかりません.が,それが難しいのです.
 今のところの,私の一番大きな課題は,今の琵琶湖はどうやってできたのか?,というテーマです.ここにはいくつかの大きな謎が隠されています.一つは,43万年前頃に今の様な北部まで琵琶湖が広がった時期があるのですが,なぜその時期に北部まで広がったのか?ということです.もう一つは,今の琵琶湖がある場所にものがたまり始める前の環境はどういう環境だったのか?,とこれと関係して,広い湖がなくなったと言われている時代には本当に湖はなかったのか?という点です.後にいった2つの点が,多賀の発掘に関係しています.これらに付いては,それを解決できるだけの資料や情報がほとんどありません.例えば,今から琵琶湖の周りの地域を歩いて地層を丹念に調査し直せば答えが出てくるというようなものではありません.湖東平野をばんばんボーリングするくらいの情報は必要ですが,そんなお金も機動力もありません.結局,これまでの研究を見直して,データを整理し直して,琵琶湖成立の考え方そのものを見直さないといけないのではないかと思っています.さて,果たしてそんなことで答えが出るのだろうか?答えがでたら,展示にしようと思います.



・2013年7月21日(日)

●地層の観察会

 多賀町でアケボノゾウの骨化石のほぼ一体分が発掘されてから今年で20年になります.それを記念して(という訳でもないのだろうけれど),もう一度その場所で発掘をしようという活動があります.去年に予備調査が行われて,今年のゴールデンウィークは一般参加者も含めた調査が行われました.この調査は市民と一緒に行うということも目的の一つになっているので,そういう発掘ができる人を育てるというか,ある程度勉強してもらって発掘に参加してもらおうとしています.その一部の人は琵琶湖博物館のはしかけグループとして活動をしてもらっています.さて,そういう勉強会をするなら,グループ外の一般の人にも参加してもらった方がいいだろう,ということで,今年度の地学行事は,わりと専門的な講座と観察会で成り立っています.先日の6月30日には私が担当する地層の観察会を,みなくち子どもの森と共催で行いました.写真はその時の風景.みなさんかなり熱心.今までの地層観察会ではあり得ない人数が集まって,結構盛況な感じだった.今月(7月)は花粉化石の講座で林さんが担当.

●あさひるばん

 今年もあさひるばん博物館を楽しもうというイベントがありました.去年は秋にやりましたが,今年は初心にかえり(なのか?)7月上旬に.今年はFMラジオの中継がなくて,広報的にも少なめ.もともとこのイベントは実験的な要素が強いので,いろいろとやってみるのがいいと思う.今年はこの時期には2日間で,秋にも予定しているらしい.去年もそうだったけれど,私は音響や照明周りの担当で,今年は照明をやる人がいるので,音響が中心.今年は一部のイベントで音響を結構使うものがあって,いろいろいじってなんとなくテンションが上がっている自分に気づく.結局私は根っからの裏方人間で,いかに実行者がきもちよくできるか?いかに参加者がきもちよくできるか?ということに気持ちが集中する.もっとも,それはいつもとは違う種類の仕事だったからかもしれないのだけれど.

●ようやくアップした

 写真でみる琵琶湖博物館の行事,は長い間停滞していましたが,去年の分と今年の企画展示の開催までようやくアップできました.といっても,ずっとほおってあったものなので,行事があっても画像が残っていないもの(なぜ企画展示を取っていないのかいまだにわからない)も結構あるので,あまりアップできていない.やはりこういうものは鮮度があって,すぐにやらないと駄目だな.こういうのはもちろん時間的な余裕は必要ではあるのだけれど,それよりももっと必要なのは,モチベーションだと思う.少々忙しくても,モチベーションが高ければ更新はしていると思う.最近の私の興味がネットで情報を公表・保存するという方向には向いていない.なんといっても,この仕事は,正直余分な仕事なので(割り当てがある訳ではないという意味で),見ている人がいるかどうかわからない状態では自然にモチベーションが下がるのもしょうがないかなとも思う.といって,自分がやらないことを肯定してもしょうがないのだけれど.とりあえず,これまでのものでわかるものはアップしました.まだ,今年の水族企画展示も残っているのでまたやろうっと.
 ちなみに,湖国もぐらの会と一緒にやっているA展示室の「地域の人びとによるコーナー」は米原高校地学部に展示替えをしましたので,そのことも対象ページ(もぐらの会のページ)に載せています.琵琶湖博物館は今リニューアルの検討をやっているけれど,こういう地域の人びとと一緒に博物館を作っていくとか,地域を紹介するという方向性は重要だと思っています.だから,このコーナーでやっていることはきっとリニューアルで大切な役割を果たすと考えています.



・2013年6月28日(金)

●暑い〜

 気がついたら,というか忘れていただけなのだけれど,ここの記事は二ヶ月近く書いていなかった.トップページも「ようやく暖かくなってきた」なんて馬鹿なことを書いているままだ.暖かいどころか全くもって暑い.博物館の展示室は空調が入っているけれど,私たちが仕事をしている研究室とかは,外の気温よりも暑い.まったくなんとかならないのだろうか.まぁならないのだけれど.
 さて,もう一ヶ月前になるのだけれどフランスに行ってきました.海外に行くのはあまり好きではないのだけれど,以前,熊野灘沖の海底ボーリング調査(国際プロジェクト)に参加した関係で,その掘削後ミーティングがあるというので,それに参加してきた.ヨーロッパへは移動に時間がかかるので,向こうの滞在時間は少なくても,全行程は結構な時間になってしまう.さて,国際プロジェクトなので,公表する義務(これはどんな研究でも同じ)とその締め切りが決まっている.ようやくデータがそろい始めた身としては,全部を公表するにはまだまだ時間がほしいところだけれど,とりあえず,順番に出していくしかないだろう.締め切りは来年1月までに国際雑誌に受理されること.これは今の段階からは結構厳しいなと.とはいえやるしかない.ミーティングは二日間行われ,他の国の人と議論をしてきました.私は未だに英語がほとんど駄目なので,かなり変な英語でやっていた.けれど,本当に言いたいことやニュアンスを伝えられないのはやっぱりよくないな.この年で研究者で英語ができないというのはかなり悲しいことだ.ミーティングのあとは,このプロジェクトに関連する内容での巡検があった.地滑り帯とか現在は山になっている(アルプス)場所で見られる沈み込み帯の地質などなど.あのあたりは,露出が結構いいので,地質構造などは遠方から確認できる.このあたりが日本とはずいぶん違うな.
 それにしても寒かったです.五月の終わり頃はこっちはとても暑かったのですが,フランス南部は結構すすしかった.日向にでていても心地よい感じ.なのに,ミーティングや純減の場所は,そこから山へバスで数時間いった所なので,標高も高くて,かなり寒い.どれくらい寒いかというと雪がのこっているくらいだった.だから,当然ながら夜は氷点下になる.最高気温はせいぜい10度(もっと低い日もあった).というわけで,巡検中はちょっと体調を崩したりもした.ミーティング中とか空調は当然動いていなかったのだけれど,英国の人はTシャツでうろうろしてた.寒くないの?と聞くと,自分はもっと寒いところから来たので,とか言っていた.とまったところの食べ物はフランスの家庭料理ってこんなんなのかな?というものでした.
 論文をまとめないといけない,分析をすすめないといけない,博物館のプロジェクトをすすめないといけない,いろいろ研究を進めないといけないこともあるけれど,博物館の事業としても結構いろいろあるので,全部をちゃんとやるのは大変.それでも,自分でこの職業を選んだのでしょうがない.不満をいうときりがない.とにかく,自分のやれることをやっていこう.


・2013年5月6日(月・祝)

●ゴールデンウィークも終わり

 私たちには休日という点ではほとんど関係がないゴールデンウィークも今日で終わり.毎年,この時期の来館者数が一年で一番多いのですが,今年は例年よりちょっと少なめな感じ(展示室での主観によるもので,数字ではないです).滋賀県南部の一部の道路は混雑が著しかったようですが,全体的にみれば,平日よりも混雑は少なかったように思います.今年の連休は,前半と後半に分かれていて,10連休とかではなかったものの,それぞれにある程度の日数があったから,遠出をする人が多かったのだろうか?などと考えてみる.今日は私は質問コーナーにいるのですが,展示室とか,前をとおる人はわりといる感じがします.最終日だから「博物館にでもいくか」という人がいてくれるのかもしれないな,とこれも個人的な感想.
 ゴールデンウィークの前半を含む一週間ほど,多賀町の発掘調査に参加していました.この調査は,二〇年前に行われたアケボノゾウの発掘調査の続きのようなもので,同じ地域をもう一度行うというものでした.新聞社とかNHKとかの取材も結構きていました.化石発掘で,事前の勉強会に参加した一般の人も含めて,みんなで調査というもの.私たちは,こういう調査は分担してやるもので,全員で成果をだすものだと思っているのですが,参加された人の中には,もっとがんがんと土を掘って化石を掘り出す,ということをイメージしていた方もいたようで,あまりの作業の地味さに驚かれた方もいたと思います.まぁ,調査ってそういうものだ.ちなみに,私の分担は地層の調査をして記載,考察.だから,化石には全く触っていないし発掘もしない.そういうものだ.ちなみに,発掘の話は,中日新聞の琵琶湖博物館連載コーナーで少し書かせてもらった.何事もなければたぶん5月11日発売号に掲載されるでしょう.

●追体験

 先日,書店に行くと,最近はやっている漫画の紹介がありました.「となりの関くん」という漫画で,内容紹介をみると,授業中に一番後ろの席に座っている関くんが授業を聞かずに一人遊びをしているのを,隣の席の女の子目線で描かれる,というもので,毎回一話完結,ということらしい.解説などに書かれていますが,全く地味な漫画で,一人遊びをしているだけの漫画だそうなのですが,なぜか人気だそうだ.これの解説として,だれもがやったことのある授業中の一人遊び,というのが追体験(という説明だったかはよく覚えていませんが)になって共感を得ているのではないか,とのこと.これを読んではっと思ったのが,琵琶湖博物館のC展示室にある「農村の民家」の展示です.これを昔の暮らしとして体験したことのある人は,その当時を懐かしむという追体験が,この展示の人気につながっている,という話をどこかで聞いたことがある(たぶん,この展示をつくった人の考え).なるほどな,と.そう考えて,地学にそういうものがあるのか?と思った.地学の内容は自然災害が多いので,これの追体験はとんでもない話だと思う.かといって,化石発掘なんてしたことがない人がほとんどだし,結局地学ではそういうのが難しいなと思った.追体験ではなく,疑似体験か,未知の体験,ということになってしまう.



・2013年3月24日(日)

●3月ももうすぐ終わり

 今年の目標としては,ここに週一くらいのペースで書き込みを,と思っていたけれど,月一もあやしい状態.書き込むネタがないわけでもないのだけれど,精神的な余裕がないから.特にここ数ヶ月は結構厳しい状態.そういう状態なものだから,他のページも更新ができていない状態.特に,琵琶湖博物館のイベントとかを紹介するページは全くといっていいほど手つかずになってしまっている.あぁまったく.で,琵琶湖のページくらいは,と思って今月分まではなんとかアップ.このページも,琵琶湖にそれほど大きな変化がないので,ちょっとやり方を考えないとなぁと思っている.やっている意義があるのかなぁ?とか.これも以前からこのページでいっている通りだけれど,この写真をみていて琵琶湖以外のところの変化に気づいた人がいる.今年度からきた林さんなのだけれど,はじめの頃の写真と今の写真では,琵琶湖博物館の屋外展示にある森の木の高さが違う.このことは,最近出た「琵琶博だより 第11号」に掲載されている.そういわれてみると,確かにそうだなぁと.彼は森の変化とかを花粉化石からやっているので,そういうところに特に目が行くのだろう.さて,その森のことだけれど,今年(2013年)の1月〜3月をみていてもちょっと変わったことに気がつくだろうか.画面の右側にみえる森が低くなっている(ちょっと琵琶湖の視界が広がった).これは森が枯れたのではなくて,あまりに琵琶湖が見えづらいので伐採したということらしい.この違いは,この写真でみるより,琵琶湖博物館のはいってすぐの広場(アトリウム)から琵琶湖を見たときに,やけに見えやすくなった,と思うことで気づくかもしれません.
 この時期は体調もあまりよろしくない.それは忙しいからというのもあるのだけれど,花粉症のせいもある.私は世間一般のよくいわれる杉花粉よりも,檜花粉のほうがひどいらしく,2月〜3月上旬はたいしたことなかったのに,最近はちょっとひどい.これは毎年の傾向だから檜花粉なのだろう.花粉症がひどい人は,食べ物でもアレルギーがでてくるそうで,悪くすると入院したりも必要なのだそうだから,私などはまだましなのだろう.それにしても,アレルギーというのはやっかいなものだ.体を防御するはずの機能が体をわるくしているなんて,なんだか環境問題の構図と同じように思えてくる.
 さて,今年度もあと一週間で終わり.来年度は月曜日から始まるので一般の会社や県庁では都合がいいのでしょうけれど,琵琶湖博物館は春休み期間中は休館日がないので,あまり関係がない.来年度はどんなふうになるのやら.


・2013年2月2日(土)

●セミナー

 2月になりました.季節はまだまだ冬で,これからまだ寒くなるかもと思うと気分的にちょっと沈みますねぇ.とりあえず,1月末締め切りだったいくつかの締め切りはかろうじてクリアして(といってもその修正はまだあるのだけれど),次は2月はじめの締め切りと,2月中のたくさんある自分が担当している会議を乗り越えるという作業.まぁこれが仕事なんだからしょうがないのだけれど,他にもやらないといけないことがあってもそれが止まっている状態なのは精神的にあまりよくない.自分の能力のなさを痛感する.
 今日は,新琵琶湖学セミナーの二回目があった.琵琶湖の地球物理学的な話(こちらはうちの学芸員)と,風の影響による湖の水の動きとプランクトンの関係のような話(県立大の伴さん)でした.伴さんの話は最近の私の研究の観点からも興味深い話で(といっても私がプランクトンの研究をしているわけではない),勉強になりました.セミナーは来週もあるので,興味ある人は参加してください.



・2013年1月9日(水)

●プレビューが結構使える!

 ちょっと仕事のやる気が減退している.ちょっとばかしいやになっているけれど,また復活するだろう.とはいえ,そういうやる気とは関係なしにやらないといけないことはずっとたくさんある訳で,回復するまで待っていられる訳ではないのだけれど.

 最近知った,ちょっと使いやすいこと...
 私は,最近,MacOSXを使っていますが,そのプレビューver.6.0.1が,論文の査読にちょっと使いやすいことを知った.
 プレビューを立ち上げて,上のバーにある,「表示」の中の「編集ツールバーを表示」にすれば,ファイル画面の上の方に,ツールバーが表示されます.それを用途によって使い分ける,と.
 吹き出し文字,メモ,のほか,直接テキストを書き込むことや,ファイルにある文字に赤線を引いたり,矢印を付けたりもできます.また,文字はフォントやサイズ,色も変更可で,線の色も変えられます.
 ただし,一つだけ気をつけないといけないのは,書き込んだものは閉じるときに保存するかしないかを選べないということ.ちょっとびっくりしたのだけれど,そのまま閉じても,ファイルに書き込んだものはそのまま残ります.やり方次第では,この方が便利かなとも思う.新規保存の機能もないので,必要な人は,あらかじめはじめのファイルのコピーをつくってから編集にかかった方がいいかもしれません.

 これの背景...
 しばらく途絶えていた論文の査読依頼がくるようになった.最近の論文は,すべてファイルでやりとりする学会が多く,昔のように原稿が郵便で送られて来ることはなく,メールで依頼されて,承諾したら,学会誌のネットページへアクセスして,査読者情報を入力して,査読者用のページへログイン後,自分でファイルをダウンロードして査読をする,というスタイルのところが増えた.今回もそのスタイル.この方法は,査読の方法が変わっただけではなくて,論文投稿の方法が変わったことに起因する.要するに,論文投稿自体がネットを介した電子投稿(ファイル送付)になったため.
 以前の論文投稿というと,紙ベースで郵便で学会事務局(とか編集事務局)に送るというスタイルだった.私が論文を投稿し始めた頃も当然そうで(なんせもう20年近く前のことだ),査読者はその原稿に直接書き込みをしていた.だから,私が査読をするようになってからも,そのスタイルを踏襲することになるのだけれど,最近のファイルでやりとりする方法では,このスタイルは大変やりづらい.
 通常,論文のやりとりをするファイルというのは,PDF形式のファイルが基本.なので,ファイルに直接書き込もうと思うと,それなりのソフトが必要になる.PDFファイルのビューワーというと,Acrobat Readerが一番普及していると思うけれど,このソフトでは,直接書き込むというのはフリーで配布されているものでは大変やりづらいし,機能が制限されている.なので,もう少しいろいろな機能が使えるPDFファイルに書き込めるソフトをネットで探して使っていた.私が使っていたソフトは,査読に必要な書き込みができるくらいの機能が使えたのだけれども,とても使いづらい,というフリーソフトにままあるものだった.けれど,フリーだし,ということでありがたく使わせていただいていた.直接コメントなどを書き込むことがあまりに面倒なので,原稿へ書き込むスタイルの査読をやめよう(もしかしたら査読者にそう思わせるのが目的だったのか?)とも思ったのだけれど,著者によっては正直なところ,日本語的に問題のある方もいるので,大まかなコメントだけではだめな場合もあるので,結局我慢していた.それは,私が論文を投稿し始めた頃の自分を見ているようでもあるので,査読者の意見としてしっかり書くべきだろうという気持ちがあるからだ.それはこれまでの私の出会った査読者が丁寧な人たちだったから,そういう諸先輩方への恩返しの意味もある.
 今回の査読依頼をいただいてから,最近パソコンを変えたこともあって,最近のReaderは使えるようになっているかなぁ,と思ってダウンロードしてみたら,以前よりはかなり使いやすくなっていた.さて,これを使うかと思っていたのだけれど,私が求める機能はなかった.
 それが,ですよ...ほかに何かないか?と思い,ネットで探していたら,なんと,MacOSXにもともとついている最新の「プレビュー」(PDFファイルビューワー,実際にはJPEGファイルなどいろいろなファイルのビューワー)は,書き込み機能がかなり使える,という紹介ページをみつけた.早速,自分でも試してみると,確かに必要な機能は全部そろっている.しかも,昔使わせていただいていたフリーソフトよりもずいぶん使いやすくなっている.という訳で,PDFファイルでの査読も(紙に直接書き込むほどでないにしても)やりやすくなった.あとはこれを使って査読をするだけ.なのだけれど,なかなかそちらまですぐには手が回らないのが現状....


●ちょっと宗教的な内容になっているかも

 私が博物館で担当しているのは,昔は層序学だったけれど,今は地質学です.そう,地質学全般が私の担当領域ということらしい.それで,講座とかや展示室での説明とかでは,岩石の話などをしたりするのですが,琵琶湖博物館で岩石や地質の話をするというのは,少しでも生き物や人間との関わりを示した方がいいだろう,というように時々感じます.なので,物質循環の話をしたりもします.
 どういうことかというと,現在,滋賀県の山をつくっている岩石は,海底でたまった泥や砂や珊瑚などの塊と,火山の活動に関係して噴火せずに固まったものや噴火したマグマなどでできています.こういう岩石は,山になって,削られて,琵琶湖の周りで平野をつくったり,琵琶湖のそこに埋まっていったりしています.過去の琵琶湖である古琵琶湖やその周りにもこれと同様に土砂がたまっていたので,それは現在の滋賀県の丘陵地(多くの人が住んでいる)になっています.ここまでの話をまとめると,海底に貯まったり,地球の内部にあったものが,地表に出てきて高い山をつくり,それが,へこみに貯まって,今の私たちが住む場所をつくっている.こういう地層はいずれは削剥されて,今だったら琵琶湖にたまっていきますが,もっと長い時間で見れば,海へと運ばれていくでしょう.で,また,後の山をつくる材料になります.要するに,岩石の材料は循環しているというわけです.
 さて,岩石がかってに循環しているような話を書きましたが,実際にはそれだけではないと思います(自信がないのでこういう書き方をします).たとえば,岩石にはカルシウムやナトリウム,カリウムなど様々なものが含まれていますが,ここにあげたものは,生き物が生きていくために必要なものです.こういう物質が水に溶け出して,いろんな生き物が使っています.植物には結構な量のカルシウムが含まれているそうですが,草食動物はそこからカルシウム分をとっているそうです.植物は根から養分を吸い上げますが,燐や窒素以外にもこういうものを土壌から吸い上げているのだろうなと思う.土壌のもとになっているのは岩石.岩石だけではなく,たとえば,海にいる微生物の中には,水(H2O)の酸素を使って体を作っているものもいます.空気中の二酸化炭素は水に溶け込んで,その炭素を海の生き物がつかうこともあります.このように考えを巡らしていくと,岩石の成分も,大気の成分も,生物が使っているのだろうな,という考えに至る.もちろん,生物は寿命があるので,死んでしまうと,ほかの生き物に食べられたり,大気や土壌へと分散していきます.
 滋賀県の山をつくっている岩石には,海の微生物の遺骸や珊瑚のからでできているものもあるので,生き物が岩石になったりもしている.ようするに,岩石は岩石として独立してあるのではなくて,大気や海や生き物や地球上のいろんなものとつながっている,という考えにいたる.地球にあるものは,人間など生き物とか岩石とかという区分なしに,いろんな成分を使い合っているということなのだろう.
 現在の日本では,私たちが死ぬと火葬にするところが多い.火葬にするということは,体の一部は燃焼して酸素と結びついて,二酸化炭素へと変わるだろう.そのときすでに大気へと生まれ変わって地球上へ分散していき,その炭素はほかの生き物が生きるために使われているかもしれない.その炭素を使って植物が光合成をするかもしれない.そこでつくられた酸素は,岩石に使われているかもしれない.岩石をつくる鉱物の大部分は酸化物だもの.
 と,こんな風に岩石の物質循環ということを考えると,岩石だって,私たちとつながっているのだ,というような話になってくる.
 けれどこういう話をすると,宗教じみているという批判を受けるので,なかなかやりづらい.私はただ単に,地球上の物質は地球上の物質で使い合っているという,ある一つの考え方を示しているだけなのだけれど.



・2013年1月3日(木)

●今年もごひいきに

 年があけて2013年になりました.博物館は今日からオープンしています.
 暦の上では年が変わったのですが,その日を境にして何かが劇的に変わるという訳でもなく,いつもよりもちょっと長い目の休みがあっただけで(一年でこれだけ休みが取れるのはこの時期だけだ).何があるという訳でもないのですが,なんというか,こういう節目がないと,気分的にも帰られる時期がないのと,片付けをしないということもあり,まぁ大事なのかなと.とはいえ,社会的には年度の方が重要だったりするわけで,その年度というのは,年が変わってからが追い込みの時期だったりする訳です.個人的には,今月末に論文の締め切り(しかも私の苦手な英文)があって,博物館の仕事でも今月は結構精神的に追い詰められている.体力的というよりも,気持ちの上でしっかりしないとなと思っています.
 さて,社会的には,去年の年末に某雑誌で「琵琶湖周辺で地震か?」という記事が掲載され,それの影響か,近くの本屋さんでもその関係の本が積まれていたりして,博物館内でもちょっと話題になっていた.ネットで探すと,年末に地震,というのが,年始に地震,となっているなど,まだまだ気が抜けませんが,大事に至らないことを願っています.
 何にせよ,今年もいろんな意味で大変ですが,このページはなんとか運営していきたいと思うので,ごひいきください.



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