・2011年12月28日(水)

●災害の多い年

 今年の博物館の開館日はこの前のクリスマス(12/25)で終了していますが,職員の仕事はその後もいろいろとあります.展示室の大掃除(写真はA展示室のもの)とか,不要な書類の処分とか,今年中にやってしまわないといけない仕事とかいろいろ.といっても,休暇を取る人などいろいろなのですが.
 今年は,例年よりも自然災害が目立った年だった.1月には九州の霧島火山が噴火し,3月には東北で大規模な地震とさらに大規模な津波があり,9月には四国・中国・近畿で特に大きな被害があった台風と,大規模なものだけでもこれだけのものがあった.言うまでもないことだが,自然現象の大きさと災害の規模はイコールではない.けれど,火山,地震,台風,といった自然現象は,被害を与える範囲が大きいので,それが大型であればあるほど,その被害規模は大きくなってしまう.
 こういった自然現象が起こるメカニズムやその意味を知っていたところで,その災害を防げるのか?というとそれは難しい問題ではあるけれど,少なくとも,ニュースなどで伝えられる情報を正しく理解することの助けにはなるのだと思う.そういう意味で,自然現象の意味などをもっとよく知ってもらうにはどうすればいいのか?というのは単に博物館の仕事だからという以上に思うところは大きい.私のやっている仕事が,世のためにどれだけ意味のあることなのかは分からないけれども,意味のあることだと信じてやっていくしかないと思う.来年は,鉱物・化石展とか(災害とは関係ないけれど)展示もあり,博物館の次の展示を考える機会も増えてくる(はず)なので,いろいろとやれることもあるだろうな,ということで,来年もよろしく.


・2011年12月24日(土)

●今年ももうすぐ終わり

 今晩はクリスマスイブで,明日はクリスマス.今年の博物館は明日までで,クリスマスに最終営業日を持ってきているのは単なる偶然.で,私は明日の質問コーナー担当日に当たっている.まぁそういうこともあるさ.とはいえ,昨日から三連休なせいか,今の時期にしては昨日と今日はまずまずの入館者がいたので,明日もひょっとしたらわりといるかもしれない.クリスマスだからというのは関係ないだろうけれど.
 今年は世間的には大変な年でした.それは今更説明しないでもだれもがわかる事でしょう.博物館の地学的にはどうだったかというと,来年度すぐのギャラリー展示が突然決まり,その準備を突然始めたり,大型の寄贈がいくつか入ってきたりして,なんとなくばたばたした感じだった.最もばたばたした感じというのはいつものことだけれど.
 寄贈の話はわりとあって,今も進行中のものもいくつかある.これは,おそらくだけれど,今まで地学関係についていえば,地域の人達と一緒に研究会をやったり,一緒に展示をやったりというように,一緒にいろんな事をしてきたことで,地域の人達が琵琶湖博物館は自分たちの博物館なんだ,という気持ちでいてくれるからなんだろうと思う.そんなわけで,亡くなられた方の標本についての寄贈の話があったので,その整理というか打ち合わせというか実際に標本を見させていただきに自宅へおじゃました.
 亡くなられた方は,生前に一緒に展示をしたりということもあって,私も知っている方なのですが,どんな方なのかという詳しいことまでは残念ながら分かっていませんでした.けれど,その方の採集していた標本群(化石)を見させていただいて,その方の人柄や人生に触れたような気がしました.自然の標本って,その標本自体の価値とか,人の関与する部分がないと思われがちだけれど,それを採取した,集めたのはその人なわけで,まったくその人そのものとも言っていいような部分があるのだなぁと改めて思いました.そのことは,地域の人々が自ら展示をする企画の「湖国の大地に夢を掘る」の方向性が間違っていなかったと思った出来事でもありました.それにしても,その方が戦前から化石採取をしていたことや,ずっと続けてきていたこと,楽しんでやっておられたことなどがひしひしと感じ,そのような標本群を私たちが預かるということの重さという事も感じました.
 私は,研究者として博物館にきましたが,ここの博物館に来ていなければ知ることのできなかった想いを知ることができて良かったなと思います.もっとも,苦労も多いのですが.来年はどんな年になるのだろうか.


・2011年12月13日(火)

●写真で見る琵琶湖博物館をアップ

 そういえば,去年の途中からずっと止まっていた.何かと忙しくなってくると,こういう面倒な作業は後回しになる.後回しになると,だんだんたまってきて,新しいのをアップしようとすると前のもやらないといけないなぁ,と思い出してどんどんやらなくなる.机の上の整理ができない人の心境というのはこういうものなんだろうな..などと思いながら,ずっと後回しにしていた.だから,イベントの撮影も以前ほど確実さがなくなってきていて,今年は何となく行事が少なそうだけれど,実際には私が撮影した行事が少ないに過ぎない.
 やる気を失ったわけではないけれど,こういうものって何となく大事なのは分かっているのだけれど,見る人も少ないし,ファンもいないし,で,真っ先に手つかずになるところだなぁ,と他人事のように思っていた.ともかく,最近暇になったわけでもないけれど,いい加減今年も終わるし何とかしようとおもって,とりあえずある写真だけでも上げてみた.きっと今後も,以前の様な細かいイベントまで,という訳にはいかないのだろうけれど,なんとかやっていこうとは思っている.
 ちなみに,来年度始まってすぐに鉱物・化石展があるので,そっちのページもつくらないといけないので,あぁ大丈夫だろうか?と今から心配.

●湖堆積物の研究

 以前から何度かここでも書いていると思うけれど,最近はいろんな研究をしていて,今の琵琶湖堆積物をあつかった研究もしている.そのことで,先日今期最後の湖調査に出かけたのですが,結果がいまいちで,予想していたようには行かなかった.
 研究を何十年かやってくると,そういう事はよくあることだ,と理屈としては分かっているのだけれど,うまくいかなかった時のショックは結構大きい.それはたぶん,私が本当の若造だったころであれば,しょうがない,ですんだのだけれど,ある程度年を取ってくると,その研究についての本当のエキスパートではないにしても,ショック度は大きいものなのだなぁと思った.ひょっとしたら,残り時間が短いということと関係しているのかもしれない.いずれにしても,今回うまくいかなかったということで,この研究の方向性を考え直すなり,別のやり方を考えるなり,しないといけない.まぁ,うまくいってもそれは常に考えないといけないのではあるのだけれど.まぁ,次の湖調査にでれるのは年度が替わってからになるだろうから,考えたりする時間はまだまだたっぷりある.


・2011年11月27日(日)

●寒くなってきたので,ぽろぽろ独り言

 急に寒くなってきた.と思ったらもう11月も終わりに近づいている.そりゃもう冬の気配になっているはずだ.割と暖かい日が続いていたが,急に寒くなったせいでまだそんな時期でないという気分があった.といっても,急に寒くなったのはもう数週間前の事だが.
 最近の私の研究は,もといたところからちょっと離れてきている.というよりも,もといたところにもいつつ,別の場所へも行っているという方がいいだろう.つまりはばがひろがったという事だ.そういう言い方をすると,私の研究者としての幅が広がったように良いようにとらえることもできるのだけれど,そういう意味ではなくて,研究をする範囲が広がっただけで,深まったというのとはちょっと違っているように思う.理想的には幅が広がって,深まって,という事なのだが,なかなかそう簡単にはいかない.人生は短い.一つのことをやるだけでもなかなか深められないのに,それ以上にいろんな事をしなければならない.
 それは逆に言えば,深められなくてもいろんなことにチャレンジできる環境にある,という事でもあるから,考えようによっては恵まれているといえる.それを後ろ向きにとらえれば,たいしてモノにならないことをバラバラとやらされている,ということにもなる.それは己の気の持ちようでもある.何にしても,自分の研究者としての能力が実際に行っている事に追いついていないことは,自分の能力のなさを余計に感じるのでストレスにはなっている.これが,自分のがんばる方向へ進むようにストレスの調整を自分でしなければストレスを感じるだけで終わってしまう.何事もとは思わないけれど,気の持ちようによって変わるのだろう.だから,職員の仕事場が冷蔵庫のように感じているのはきっと気持ちの持ちようなのだろうと思う...


・2011年10月4日(火)

●小学校で授業

 博物館の事業は多種あるのですが,その中で学校連携というものがあります.ここ数年は学校連携もいろんなことをやっていて,学校団体を受け入れるだけではなくて,学校サテライトという学校で展示をやるようなこともあります.そういう学校とは,その連携の在り方の可能性を模索していくということもあり,展示以外のこともやりつつあります.その一つが,この授業をするというものです.今回,それに私の分野がご指名ということで,大地のつくり,という6年生の理科の単元をやってきました.で,それに近い内容で5年生は水のはたらき,というものがあるので,どうせだったら,どっちもやりましょうか?ということで,5年生と6年生の授業をそれぞれやってきました.
 授業スタイルは,博物館でやっているようなパソコンとプロジェクターをつかったものですが,話す内容はいつもと結構違います.で,小学校で授業を,ということもあるので,私の研究の話というよりは,小学校の教科書にある範囲の中で,地域のことをより理解するような内容を,ということを考えました.だから,今回は琵琶湖の移動の話はなし.
 さて,小学生は5年生も6年生も静かに聞いてくれました.おもしろかったのか?つまらなかったのか?は本当のところは分かりませんが,終わった後に質問にくる子ども達や,話はわかった?と聞いてみたら,分かったと答える子ども達もいたので(それで分からないとは言いにくい?),あーだこーだといろいろ考えたことは無駄ではなかったかな,と思います.
 地学の部分は,理科でも小学校教員が教えにくいところだろうと思います.対象が大きすぎたり,今の生活でめにする事が少ない内容を多く含むからです.でも,本当はかなり身近なところと関係していたり,自分たちの生活と直結していることを含んでいたりする,ということが分かってもらえるといいのだけれど,今の先生達が,学校や大学でそういうことを学んできたかどうかというのはちょっと微妙な感じがします.
 でも終わってみてまだまだ駄目だなぁと思うところは,感覚的に伝えるような授業にはなっていないというところです.地域のことや目にすることを使っていたとしても,どうしても理詰めでやってしまう.これがもっと感覚的に伝わるようなものになっているといいなぁ,とまだまだもっと考える必要があるなと思いました.


・2011年9月30日(金)

●サイエンス紙ネタ

 今日出版のサイエンス紙は水星探査機Messengerの成果特集のようなことをやっている.全部は紹介できないけれど,私が興味を抱いたもの.J.W.Headほかによると,水星の北極地帯には広大な平らな地形が広がっており,それが火山の洪水噴火によるものとのことだ.この溶岩の表面にあるものの成分は,太古地球の頃の噴火活動によって噴出したコマチアイトと玄武岩との間の組成らしい.また,この洪水噴火の時期は,水星への隕石衝突が非常に多かった時期の後で,全球的に広く行われた活動とのこと.この時期が地球時間でいういつ頃かは私は知らないけれど,それ以降に水星へはあまり隕石衝突がないということなのだなぁと.

●今年度も半期が終わり

 あっ,というまに今年度も半分が終わった.あぁ,毎年思うことだけれど,いったい何をやってきたのだろう.うかうかしていると日々の仕事をこなすだけになってしまう.そういえば,このページを更新するのも久しぶりだ.できるだけ毎週更新しようと思っていたけれど,結局1ヶ月に一回くらいだ.
 来週は高島の小学校へ行ってきます.小学5年生と6年生へそれぞれ講義.5年生は水の働きで,6年生は地層のことらしい.教科書のコピーをもらったので,これに従ってということか?それなら学芸員である私じゃなくて,小学校の先生のほうがいい授業ができるのだと思うが.といってもしょうがないので,教科書にそいつつ,地域色と私の専門分野色を出すように検討中.ちなみに,まだ準備できていない.
 明日から10月.新しい学芸員(博物館学)がくるそうです.私は平学芸員なので,どういう人がくるのか教えてもらっていません.まぁ事前に知っていたからどうということはなく,来てからどういう人かを自分で確かめればいい訳で.これから一緒に働くことになるわけなので,数日前に知ることにはそれほど意味がないと思う.というように思っておこう.なんにしても,新しい仲間が増えるのはいいことだ.


・2011年8月22日(月)

●地学研究発表会

 毎年,地学研究室が事務局となって滋賀県やその周辺で活動する地学関係者による地学研究発表会ということを行っています.冬(2月)は一般発表で申し込んでもらっての研究発表会をやっていますが,秋は講師の方をよんで勉強会をしています.今回は博物館関係の方で,ここ最近行われているこの周辺の発掘調査のことをお話してもらいます.地学研究発表会のページで紹介しているので,詳細はそちら.
 もうこの研究会も10年以上続けていますので,結構続いているほうですよ.で,同時にニュースレターも出していますが,諸処の事情で,電子メールに以降していきたいと思っています.そのために,地学研究室代表アドレスを新設してもらいました.
chigaku@lbm.go.jp(これを半角にしてください)
これでメールをつかってニュースレターをお送りできますので,こちらへ自己紹介などを含めてお送りくだされば,送信アドレスに登録させてもらいます.

●湖国もぐらの会

 地学関係のもう一つの団体.この周辺で化石や鉱物の採集や調査をしている人達の集まりで,基本的には展示会を行ったり普及・交流のイベントをやったりしています.一番大きなイベントは,琵琶湖博物館でやっている鉱物・化石展で,これまでに4回行いました.この5回目がもうそろそろという話があがってきていて,ただいま準備中,調整中.またやりますよ.
 さて,鉱物・化石展の他に,2008年から常設展示のコレクションギャラリーで地域の人々による展示コーナーの展示をやっています.琵琶湖博物館の常設展示も地域の人々と一緒にできないか?ということで,湖国もぐらの会の方の協力で展示を試験的に行っています.このことをネットで紹介しないといけないとずっと気になっていたのですが,ようやくつくりました.といってもかなり簡素なものですけれど.一度ご覧ください.


・2011年7月29日(金)

●クールライフキャンペーン

 節電のために公共施設へ行ってください政策,と私がよんでいるものは正確には,このタイトルのように言うらしい.これがうまくいっているのか分かりませんが,最近は来館者が結構多い.とはいえ,ちょっとしたトラブルもあるらしく,一部のテレビ放送で,県内の人だけとか,常設展示だけ,とかをちゃんと情報として流してくれていなかったことがあるようです.つまり,それをみた県外の来館者は無料と思って琵琶湖博物館にきたのに,無料じゃないと言われて立腹し,県内の人でも企画展示をみようと思ってきたら有料と言われて立腹しという事があるようです.たしかに常設展示は大人750円もするのだから,ちょっと痛いと思うかもしれないけれど,企画展示は大人200円というのは内容から言っても高くないと思うのだけれど,どうなのだろう.もっとも,内容どうこうよりも,無料と思ってきたのにお金を徴収される,というところに問題があるのだろうな.ちなみに,徳島県立博物館は県外の人も無料になるらしい(というのをネットで知った).
 このキャンペーンで,これまで博物館に来ていない人達もきているようで,展示室では,飲食される人が多いとか(飲食禁止というのはどこの博物館でもそうだと思うけれど),その事をやんわり指摘すると逆に怒られるとか(世間ではこれを逆ギレというのだろうか?),そういうことがあるらしく,これまでにもそういう人達は時々いたものの,最近増えているのだそうだ.ただ,このような傾向は,これまで来たことがない人が来ているということだけではなくて,社会的な雰囲気と関係しているのかもしれない.
 というわけで,琵琶湖博物館はまだしばらく平日でも割合ににぎわいそうだ.あまりトラブルがないことを祈るばかり.
 展示室はそういうことに併せて結構涼しいものの,学芸員がいろんな仕事をする場所は相変わらずだ.団体下見受付をしている事務室は結構涼しいが(来館者が来るから当然か),私がいる地学の部屋はついに29度をこえて,日中は平均して29.3度で,湿度75%.空調を付けると温風がでているような気分になる.ものつくりの工場などではこういう状況が普通なのだとしたら,本当に頭が下がる.正直私が大阪で大学院生をしていたころは,クーラーの効かない部屋で日中はいたわけで,今と変わらないような状況でも平気だった.当時まだあった八百屋の店主は,店先にいたのだから,日影にいるものの外にいるのと同じ.きっと大変な暑さだ.私があぁいう状況にいた(冷えない研究室は外の日影と同じ)というのがちょっと信じられない.今の私は,年をとったせいかもしれないけれど,いらいらが強くなり,頭は働かず,すこしボーとしたりくらくらする感じもある.熱中症ではないだろうけれど,体調は毎日優れない.ここで生き残っていくためには,暑さに強いからだ作りが必要だ.


・2011年7月20日(水)

●台風

 台風が来ているそうな.滋賀県は暴風警報にはいったのか分かりませんが,昨日から結構な風が吹いている.今日のお昼頃が一番近づくようで,朝から暴風警報がでていた.
 だから暑いって訳ではないと思うけれど,職場は暑い.具体的にはメインで仕事をしている研究室がなのだが,空調はかかるものの,温度29度(正確には28.8度),湿度80%(正確には79.9%)という状況で,何もしないでも疲れる状態.さて,一番困るのはパソコン.結構ふるいものを使用しているせいか,ちょっと難しい作業をしようとすると,考え中・・・という動作が長くなる.しかたがないので,保冷剤で冷やしながらやっているという始末.外で仕事をしている方からすれば,部屋で仕事をできるだけまし,と言われるだろうけれど,やっぱり暑くてしんどいという状況には代わりがない.
 こういう状況だが,展示室は涼しい.これは,節電のために公共施設へ行ってください政策(と私はよんでいる)のためで,明日から8月11日までは,県施設6館が入館料無料(かどうかは目的の施設で確かめてください)になり,各家庭で冷房をつけるのではなくて,公共施設にいって涼んでほしいという意向.琵琶湖博物館はその施設にはいっており,そのために来館者がくる展示室は涼しくなっている.その話が出る以前は,研究室ほどではないにしても,節電のために冷房はあまり効かないという方針だった.ともかく,今は展示室が涼しいので,多くの人に来てほしい.ただし,県内在住の方でないと(プラス1を持ってくるとか証明できるものをもってくる必要がある)無料にならない.
 話がだいぶそれてしまった.今朝出勤してくる時には,昨日の風のせいか,だいぶん枝がおれて道に錯乱していた.今日も風はきつかったようだから,大分飛んでいるのかもしれない.雨は殆どなかったので,洪水の心配はない.県内でもかなりの雨がふった地域もあるので,洪水とか土砂災害とかに気をつけてほしい.


・2011年7月12日(火)

●梅雨?

 梅雨は明けたそうな.近畿では,梅雨だ梅雨だといいつつも,早すぎる梅雨入りの時期には連日雨がふっていたものの,雨が降るという天気予報は大抵はずれで,少しぱらっと降るか,どんよりとした曇り空が続くかのものだった.けれども日本海側にある停滞前線の動きが不安定なために,ずっと梅雨明け宣言ががなかった.ようやく宣言があった,と思ったけれど,それでも例年よりも早いらしい.結局,例年よりは大分早くにはじまって大分早くに終わったような感じがある.
 例年より早い,とか,遅い,とかいうのは,人の生活スケールでは重要なことだけれど,それは地球でおこっている自然環境にどれほどの意味があるのかは難しい.私のような研究分野からみれば,地球でおこっている変化は,割合に周期的に起こることが多い.けれども,その周期というのは10万年だとか4万年だとかの長い時間スケールだ.この間にも,もっと細かい周期があるが,数年単位の変化はどちらかというとその誤差であったり,ゆらぎであったりする.だから,今年は異常気象,といいつつ,50年ぶり,とかいわれると,「なんだ50年前にもあったことじゃないか」と感じてしまう.これはたぶん,一般的な感覚とちがっていて,一般的には「50年に一回の大異変がきた」と感じるのだろう.その50年に1回ということが,本当の周期的におこることならば,将来予測などに役立つが,たいていの場合,誤差やゆらぎのことなのだろうと思うので,それを将来予測や,自然環境変動の理解につなげることは難しい.
 私がやっているような長い時間スケールの話が,どれくらい人びとの役に立つのか?はあまり議論したくないけれど,人びとの意識として,自然環境の変化というのは,人間の時間スケールよりも遙かに大きいものがあるなどといった,人びとの意識を変えるという方向が,本当にやるべき事なのじゃないか?というような事を最近よく思う.

● ●

 知り合いの研究者が亡くなりました.詳細は聞こえてきませんが,まだ大学教員として現役だった方で,以前,一緒に呑んだ時には大変元気そうだったので,あまりに突然の知らせに驚きが大きいです.
 大学教員だから研究者として優れていたり,退職したから駄目だとは全く思いませんが,まだこれからもっといろんな事を研究されていったはずですし,少し前にこれまでの研究をまとめた論文をだされたり,大きな大会を引き受けたりと,大変アクティブな方だっただけに,学会やその他のコミュニティーへの影響も大きいと思います.何よりも,私はそれほど昔から知り合いだった訳ではありませんが,そういう私にでもきさくに話しかけてくださり,仲良くしていただいた方でした.
 どんな死でも悲しいことに違いはありませんが,早すぎる死というのは,周りにとっても,またなによりご家族の方々にとっても大きな悲しみだと思います.遠くからですが,ご冥福をお祈りいたします.どうか安らかにお眠りください.


・2011年7月3日(日)

●最終日

 最終日.私は昼から博物館へ行ったのだが,それが失敗だった.こんな事になっているだなんて.湖岸道路が渋滞している?事故でもあったか?と思っていたら違った.烏丸半島までその渋滞が続いていたのだ.バスも渋滞に巻き込まれているしまつ.職員がいけないんじゃ話にならないと思って,とりあえず博物館へ向かった.これは琵琶湖博物館というよりも,多目的広場であるさかなくんのトークショーのためかもしれない.ともかく込んでいる.博物館へつくと,臨時駐車場の交通整理の仕事が待っていた.今日はそれほど太陽は照っていなかったけれども,外での仕事は大変だな.というわけで,夕方まで交通整理.こういうのは開館以来だ.来館者数はいかほどに.

 今日もイブニングコンサートがありました.ケーナとギターのデュオとかいろいろ.今日のMCは大角香里さんでした.あぁ,あの人が大角香里さんかぁ.FM滋賀を聞いている人なら知らない人はいないだろう.始めてみました.写真でインタビューしている人が大角さん.琵琶湖博物館のアトリウムは必ずしもコンサートむきとはいえませんが,ケーナは良く響いていました.このくらいの周波数の音がよく響くようなつくりになっているのかもしれません.
 今日で夜間開館は終了で,明日は仕事も学校もあるせいか,夜間の入館者は,昨日や一昨日ほどではなかった.けれど,水族展示室は結構な人があふれている.この3日間みてきたけれど,やっぱりこの風景は妙な感じ.水族展示のいくつかは外光を取り入れているので,よるだと,ちょっとあてているライト以外は真っ暗.なので,真っ暗な水槽をみているたくさんの人,というのは見慣れない光景だ.といっても,これも今日まで.夜に行うはずだった星の観察会は,雨こそ降らなかったものの曇っているので,星のお話会に変更しました.
 たくさんの来館くださりありがとうございました.中には,今回初めて琵琶湖博物館へきたという人も多いようなことを聞いているので,新しく琵琶湖博物館をたくさんの人に知ってもらえて良かったです.また,職員のみなさんもお疲れ様でした.明後日からは通常営業です(明日は閉館).


・2011年7月2日(土)

●2日目

 さて,昨日の続き.2日目である.今日は土曜日ということもあり,本格的に人が来るだろう,という大方の予想はそれなりに当たっていて,朝から結構なにぎわい.というのも,アトリウム(1階広場)でははしかけグループによる体験できるイベントがあったり,夕方からはいろんなコンサートががあったりして,なんとなく人がいっぱいいるという感じ.展示室は混乱は無かったけれど,結構なにぎわい.この季節に,写真のような夕暮れの風景が見られる頃には通常は閉館しているけれど,こういう風景の時にもまだたくさんの人がいるって,ちょっと不思議.外がくらい水族の水槽に人だかりがあるのも不思議.
 はしかけグループはそれぞれの興味や目的にあった活動をしているわけですが,今回はそのグループの活動をパネルで紹介していて,説明にグループの人がきている,というだけではなくて,いろんな体験イベントもやっている.その内の一つである,たんさいぼうの会,がやっている行事は,珪藻による福笑い.なんとなく縁日の香織がする.珪藻というのは肉眼ではみえない(たぶん.見える人がいたらあってみたい)小さな生き物で,いろんな形のものがある.それをつかって顔をつくるということなのだろう.ちょっと気持ち悪い顔とかもあるけれど,なかなかおもしろいイベントだと思う.他にも動物の骨を組み立てるグループとかいろいろ.
 夜に開館しているという事を生かしてやっているイベントもある.その一つがこれ.夜の昆虫観察.昆虫とラップでもこういうのがあるらしいのだけれど,白い布にライトをあてて,そこに集まってくる虫を観察するというもの.雨だったら中止だったけれど,週間天気予報に反して今日は晴れ・曇り,で雨は降らなかった.すごいね.ちなみに,説明しているのは,昆虫担当の学芸員です.
 と,こんな風に,明日までつづくのだけれど,明日は今日よりは夜の人は少ないかなぁ?9時までやっていても,閉館時間まで人がいるってすごい.夜更かしする人が多いということか?明日のよるイベントは,星の観察があるのだけれど,明日の天気はいかに?


・2011年7月1日(金)

●琵琶湖の日記念

 びわこ湖の日は7月1日なのだけれど,制定されてから今年で30周年なのだそうだ.だから,というわけでもないような気がするけれど,琵琶湖のことをもっと知ってもらおう・考えてもらおうということで,今年の琵琶湖博物館はこの日を含む金・土・日の3日間(今日から3日まで)は時間延長をして夜の9時まで営業.入館料も無料になり,イベント盛りだくさん.
 イベント盛りだくさんなのは,びわ湖の日イベントを盛り上げようと言う事だけではなく,琵琶湖博物館が今年で開館15周年でもあり,琵琶湖博物館を利用する人達の集まりであるはしかけ制度が10周年というそういう記念でもあるから.ちなみに,今日はFM滋賀の生放送を琵琶湖博物館のアトリウムでやっていた.これは,FM滋賀が15周年だからというのと関係しているそうだ.昼の2時から夜の7時まで生放送で,7時過ぎからは,佐合井マリ子さんと碓井豊さんがそれぞれに生ライブをしてくださった.写真はその風景.ちょうど夕暮れから暗くなる時間帯だったためか,二つの写真で時間の経過がよく分かる.
 ちなみに,FM滋賀の放送は今日だけ.明日は夕方5時半からイブニングコンサートがあるし,明後日の日曜日にも同じ時間にイブニングコンサート(それぞれに出演者は異なります)がある.つまり,毎日夕方というか夜にコンサートがある.
 3日間ずっとあるのは,琵琶湖博物館のはしかけさん達のグループによるいろんなイベント.活動紹介のパネルはあるけれども,どちらかというとそれがメインではなくて,体験コーナーがあったり,演奏会があったりいろいろ.
 実のところ,夜の開館でどれくらいの人が来るのか未知数だった.子どもがそんな時間まで起きていて博物館に来るのだろうか?というのもあったけれど,今日の人だかりはちょっとビックリだった.夜の7時くらいからどんどん人が入ってくるし,外が暗くなっている状態の水族展示を観覧するたくさんの人,という光景はちょっと不思議な感じだった.きっと,担当者はほっとしている事だろう.日曜日の夜に子ども達がくるのは厳しいかもしれないけれど,まだ明日もあるし(明日の夜に来たとしても明後日も学校は休みだ),またたくさん来てくれると楽しいな,と.


・2011年6月22日(水)

●夏至

 今日は夏至らしい.それだけ.最近は,日が長くなったなと思っていた.毎年思うことだけれど,日が長くなってくるとだんだん暑くなってくるのに,夏至を過ぎると日が短くなってくるのに,まだまだ暑くなってくる.それが毎年の普通の事なのだけれど,何でだろう?ということをうまく説明できない.今日は大津・草津あたりでも30度あったらしい.
 今年は琵琶湖の日30周年なのだそうだ.だから,琵琶湖博物館でも琵琶湖博物館のある烏丸半島でもイベントがある.その準備で,屋外展示あたりの整備が今日あったのだけれど,できたら手伝ってくださいと担当者から連絡があったので参加したけれど,参加者は少ない.まぁみんな自分の仕事があるからそんなものだけれど.そんなこんなで,暑い中草むしりとかライトの取り付けとかそんな事をやっていた.まぁ,たまには体を動かさないと.ちなみに,琵琶湖博物館では7/1-7/3までいろいろとイベントがあるのと,夜まで開館しているということをやっている.普段来ることができない人にも琵琶湖博物館を見てもらいたいということ.しかも無料だ(ったと思う.きちんと確認してください).

●人生は別れの連続

 私や私のいる地学の研究室は,周辺の研究者や採取家などとのつきあいがある.というより,そういう人達にお世話になっている.そういう人達はいろんな年齢層がいて,中には結構な高齢の方もいる.人間に限らず生き物はみんな命は限られた時間しか使うことができないから必ず別れがある.なので,残念だけれど,ここでも何度か訃報のことを(名前は証せないけれど)述べてきた.
 先日にも,亡くなられた方があった.本当に偶然だけれど,某学芸員が資料の返却の連絡をずっと滞らせていて,ついに連絡しなければならない,となって連絡をした方から,ちょうどその日に訃報を知ったということで,教えて頂いた.それは,本当に某学芸員が連絡を滞らせていたのが神懸かりというか,それが縁というものだろうけれど,そういう事もあるのだなぁと思った.申し訳ないことに,私はそのお宅へ訪問することはできなかったのだけれど,何度か,鉱物・化石展の関係でもいろいろとお話を伺ったり,いろんな面でお世話になった.亡くなられたことは残念ではあるけれど,そういう方の意思は,私や他の関係者へも伝わっていて,その方の(ほんの一面カモしれないけれど)想いが受け継がれていく.こういうことが,博物館活動で大事なことなのだろうな,と漠然と想っている.いろいろとありがとうございました.どうか安らかに眠ってください.


・2011年6月7日(火)

●チリの火山が噴火

 4日にチリで大規模な火山噴火があったらしい.火山灰は10000m上空まで達し,隣国のアルゼンチンにまで飛んでいるらしい.まぁ,チリは南北に長い国なので,風向きが東へ向いていれば,すぐに隣国まで飛んでいくのだろうけれど,それにしても,映像を見る限りはかなり大規模で,1月から活発化している新燃岳よりも噴火の規模は大きいようだ.3500人が避難しているとのこと.噴火の映像を見る限りは,避難した人が3500人くらいですんでいるのが不思議なくらいの大規模さを感じる.南半球はこれから冬に入るが,成層圏まで達する火山灰を噴火したために,寒冷化が進むのかもしれない.今年の南米はいつもより寒くなるのだろうか?


・2011年6月3日(金)

●もう梅雨入り?

 6月になりました.早いものだ.5月末くらいに台風が来ていました.結局,このあたりに来る頃には熱帯低気圧になっていたようだが,雨風が結構つよく,その勢力はおとろえずに関東・東北へいったようで,東北の被災地にさらなる打撃を与えたようだ.こういう天候や自然現象の最近の動きをみていると,自然環境がおかしくなっているのではないか?という疑問を持つ人がいるのかもしれませんが,強いゆらぎの一つであろうと思います.とはいえ,人間に取ってはたいへんな変化ではあるので,こういう時に,強固な対策が求められるのだと思います.このままの日本ではいけないわけで,被災地を人の生活が回っていくようにはやく動かしていかないといけないのと,原発のもんだいなども問題がたくさんあります.最近の新聞記事にも書きましたが,九州の新燃岳はまだ活発な活動中です.少し前では,阿蘇山も噴火したとか,先にあった大雨大風のせいで洪水がひどかった地域とか,たくさんの解決しなければならない問題が,対自然環境ということだけをみても山積みです.こういう日本にあって,私達は今何をしないといけないのだろうか?


・2011年5月31日(火)

●SPに学ぶ

 SPというのは,もともとテレビドラマだったもので,最近映画化されたものだ.Security Poriceの略.つまり要人警護にあたる警察官の物語.深夜枠にかかわらず人気があったドラマで,それが映画化したというもの.映画は2本立て続けにあり,1作目は次の2作目へつづくようになっている.
 私はこのドラマが結構好きだった.好きな役者さんがでていることもあって,映画館へみにいったのだが,2作目は最近あったのでおぼえている人もいるかもしれないが,映画をみていて,なんだか見覚えのある場所だなぁ,なんて思っていた.まぁ,ああいう地下道などや国会のような場所は県庁にもあるしな,などと思っていたら,思い過ごしなどではなく,県庁やその周辺でロケをしていたらしい.つい最近まで,映画封切り記念に,県庁の県民サロンでロケ風景を撮影した写真展をやっていたらしい.知っていたら見に行ったのに...
 さて,最近でた1作目のDVDをみた.本編もそうだけれど,特典映像で,映画がどういう風に作られるかというような解説があった.これをみて,プロフェッショナルというのはこういうことなんだと思った.この映画を作った人達には,いろいろな想いがあったそうだ.これまでの日本映画にはないアクションものを,ハリウッド映画にもまけないようなアクションを,ということなど.特撮などは,アメリカの人達にお願いするなど,その世界では最高のものを,と求めたのだろうと思う.主役の方は,このドラマのために,アクション用の武術を習っていたらしい.そういういろんなことが,この映画をすばらしいものにしたいというみんなの思いでつくられていて,それが,誰かががんばる,のではなく,それぞれが自分のできる最高のことをやり,それをチームとしてよりよいものを作り上げようと協力する,という感じがでていた.もちろん,それがプロモーションを兼ねているということを差し引いたとしても,そういうものが素晴らしいと思った.みんなが一つのことにむけて,最高の力をだそうとする.DVDをみていて,あぁいうところで働きたいと思った.
 そのことは,このまえにのったIODPの船(ちきゅう)でも思った.それぞれの部署の人が,ある目的のために,自分のできる事をがんばり,それがチームとしての活動としてよりよいものになる.
 琵琶湖博物館はどうなんだろう?


・2011年5月26日(木)

●琵琶湖へ調査

 二日続けて記事を書くなんて久しぶりだ.
 今日は,琵琶湖へ調査に出かけた.湖の調査は船でいくので,船が出られるような状態の時でなければ危険なので,調査はとりやめになる.今日はちょっと微妙な感じだった.天気じたいは夕方以降に雨ということだったので,大丈夫なのだが,もっとも重要なのは雨がふるかどうかよりも風.波が荒くなるからだ.気圧配置をみて,午前中はもつだろうということで,出かけることに.さて,私は船の運転ができないので,博物館の芳賀さんにお願いして一緒に調査へ.もっとも,今やっている私の研究は,試料採取に関して言うと芳賀さんの方が詳しいので,一緒に行ってもらった方がいい.
 私の研究は,古琵琶湖層群という昔の琵琶湖環境を保存している地層を対象にして行う.だから,基本的には陸上にある地層をみることなのだが,最近は琵琶湖の堆積物をつかったここ数万年程度の研究もやっています.今やっているのは科研費で通った洪水堆積物の研究.本当は深いボーリングをしたいところだけれど,お金がないのが一番大きい.
 今日の琵琶湖は,大丈夫と思っていたけれど,北湖に行くと結構な波.揺れる船.最近なんだか船づいているなと思いつつ,揺れる船にのっていた.これだけ湖面が揺れているとちょっとまずいなと思っていたけれど,調査ポイントに近づくとなんだか急に波が緩やかに.なんだか風もあまりない.どちらかの日頃の行いがいいせいかもしれないけれど,これで調査がしやすくなって助かった.今回は3ポイントで調査.わりと思っていたくらいにはうまくいった.
 そこからの帰り,調査ポイントから離れるとやっぱり波がきつい.来るときよりもきつくなっているのではないか?芳賀さんの運転がうまかったのかどうかはわからないけれど,無事に帰り着くことができてよかった.さぁ,これから採取してきた泥を記載して分析,と思っていたら,博物館事業系のあらたな仕事.まぁこちらも仕事なので.

●おすすめ待ち受け

 私は去年の暮れから今年のはじめにかけて「ちきゅう」という船に乗っていた.その船は海洋研究開発機構(JAMSTEC)というところが管理しているのですが,そこのページでおもしろいものをみつけた.本来はキッズページなのだそうだが.
 【こちら】
 携帯電話の待ち受け画面(Flash)がダウンロードできる.携帯電話の機種にもよるのかもしれないけれど,なかなか楽しい.私は,ちきゅうにのったので,その関係のものを使ってみたけれど,時間によって背景色がかわるなど,なかなかこっています.アニメーションもなかなかよくできています.こういうのは好き嫌いがあるので,みんなにおすすめはしませんが,一度のぞいてみる価値はあるかも.


・2011年5月25日(水)

●琵琶湖の写真ページを大幅変更

 ここ数年,毎月琵琶湖博物館から琵琶湖の写真を撮り続けてきました.これを「琵琶湖博物館からみる今月の琵琶湖」というページで公開していたのですが,あまり変化がなく,水位の変動とか比良山に雪が積もったとか,そういう他愛もない話題をつづけるのもどうかと思い,このページを辞めようかと考えてきたのですが,結局,続けることに意味があるのだろうと思い直して,今月から再開しようと思いました.ただ,見せ方をちょっと変えようと.なので,
 「今月の琵琶湖」 →あらため→ 「今年の琵琶湖」
として再出発です.ネットの通信速度が速くなったので,大きな写真を縮小して見せることもそれほど問題では無くなってきましたし,1年分をざっとみられた方がいいかとの考えです.これには,私にとって大きな利点があって,早速やってしまっていますが,4月分を取り忘れていました.こういう場合でも,4月は撮影してません,というようにできるでしょ?
 といって怠けられるから,という理由ではなく,それどころか,このページを新たに作り直すのに,昔よく使っていたタグ(ネットページを構成する命令文にあたるようなもの)を思い出すのに一苦労で,新しいフォーマットを作るのにもちょっと悩みました.たとえば,それぞれの写真を小さく見せるのは簡単だけれども,それを大きく見せるやり方とか,説明文を全部ださないようにするとか.でも悩んだ割にはあまりデザイン的に優れていると言えないところが私らしい.
 とりあえず,まだ続けるということで,どうかごひいきに.

●学校団体は学校の勉強を博物館にしにきている?

 と,あまり大上段に構えていないです.今日は,質問コーナーに座っていました.この時期の平日はだいたい学校団体が多く,一般来館者は少なめです.質問コーナーには,小学生がワークシートの答えを求めてきますが,私の考えでは,学校の勉強で来ている人達には,その答えがあるような場所を紹介するに留めています.要するに,自分で見て考えて答えてね,ということです.自分で探すことも学習だと思うので.
 さて,質問コーナーの日は,展示室で展示の紹介などをするフロアートークというのをやっています.今はギャラリー展示をやっているので,企画展示室で説明をしようとしていました.時間になって展示室へいくと,小学生の団体,子ども達がたくさんいました.私の長年の経験から,学校団体はなかなか聞いてくれない,とくにワークシートをもった子ども達は難しい.けれど,聞いてくれる子もいるかもしれないので,「展示の説明を簡単にしますよぉ〜」などといってやろうとしたけれど,やっぱり集まらない.どうしようか...あぁ,学校の先生らしき人がいるから,あの人に声をかけてみよう.「説明をしますけれど,どうですか?」.まぁ,どういう答えが返ってくるかは分かっていたんですけれどね.だいたい,こういう場合は決まって同じような回答がかえってきます.これまでに「それはありがたいから,子ども達もよびますよ」と言ってくれた先生は1人だけだ.
 もちろん,私の学芸員としての資質の問題かもしれないし,その展示室の内容に興味が無かっただけかもしれない(子ども達がたくさんその展示をみているのだけれど).だから,自分の魅力のなさをなんとかしなければならないな,という反省の方が大きいのだけれども,展示の解説はワークシートをもった子ども達に必要ないということなのだろうか?
 そうかと思えば,展示を見る前に説明を求めてくる学校とか,詳しい解説を希望されるところとかいろいろです.どうしたら,学校団体で来ている子ども達や先生にフロアートークを聞いてもらえるのか,ずっと考えています.だれか良い方法があったら教えてください.

●縄文時代の遺跡からカブトムシ

 今日の朝刊に載っていた話.結構ほとんどの新聞社で取り上げられていたのではないかと思う.2000〜3000年前くらいの縄文時代の遺跡から,カブトムシの遺物がでてきたとのこと.新聞に載っていた写真を見る限り,カブトムシだと鮮明に分かるようなものだ.非常に生っぽいので,ちゃんとした遺跡から出てきていなかったら,現在のものが混じっているのではないか?と思うくらいのものだ.とはいえ,実は数十万年とかそれくらい前の昆虫化石であっても,でてきたものは非常に生っぽいことを私たちは知っている.もっと古いものでも,たとえば材化石なども,つい最近の材?と思ってしまうようなものもよくみかける.違うのは,そこから急に酸化して真っ黒に成ってしまうことか.だから,数千年くらいのものだと生っぽいのがでてきたとしても不思議ではない.
 さて,このことで館内のスタッフから質問を受けた.これを化石と呼ぶのかどうか?なかなか難しい問題だ.考古学の人びとは,遺跡からでてくるものを遺物と呼ぶ.だから,これも遺物にあたる.地質学の立場からはどうか?化石という定義はなかなか難しい.人為で埋められたものではなく,自然に埋まった過去の生物の痕跡,を化石というのであれば,これも化石にあたる.一応,私は人類遺跡からでてくるものは,遺物,と考えているけれど難しい質問だ.


・2011年5月20日(金)

●展示をやっています

 遅ればせながら,今,展示をやっていますという報告.前回予告した展示です.展示ができて,改めて見てみると,ブースごとに分担をしたからか,コーナーごとのつながりが悪い感じがする.という指摘をとある人から受けた.
 私はここに来てからもう10年以上になる.私は幸せなことに,ここにきてわりと早い段階から,常設展示の1コーナーの展示替えを任されたり,企画展示を手伝ったり,ギャラリー展示を企画したりと,展示をつくるということに関わることがそれなりにあった.展示は,自分のおもしろいと思っていることや,知ってほしいと思っていることを,来館者へダイレクトに伝えることができるので,それをすることは,博物館学芸員にとっての醍醐味というか他の職業研究者にはない幸せな部分だと思う.その反面,もう10年以上のやっているけれど,今でもやっぱり難しいと思う.まず,興味を持ってもらわない事には展示を見てもらえないし,大型動物化石のように多くの人が興味を持つであろう標本を扱っていれば,見てもらう,という所までは標本が持っている魅力があるのだけれど,私がやっているのはその入れ物である地層だからなぁ.
 けれど,意外に思ったけれど,今回の展示に出している地層のはぎ取り標本は,結構みんな見ている.小学生の団体などは,何かメモをしたりしていたこともあった.これはなかなかいいぞ.これからの展示でも使っていこう.けれど,今回の展示で,地層の部分は壁の展示ケースに入っていて,ガラス越しにみるタイプのコーナーをつくっている.こういうところにあると,何となく貴重な感じがするのかも.ちなみに,地層調査の道具の紹介も同じところに入れているけれど,刷毛とかヘラとか折り尺とかそういうものも,展示にするとなんとなく貴重そうにみえる...6月12日までやっています.無料ですので是非.

●市史の編纂にかかわりました

 正直なところ,私がそういうものにたいして貢献できるとは思っていなかった.大変だったけれど,そういうことに関われて良かったと思っている.
 先日出版されたが,東近江市史の能登川地域のもの.だいたい市史などはその市の歴史なのだから,私のような古い時代の地層をやっている人にとっては,無関係だと思うし,通常は地域の成り立ちを書くのも地形学(自然地理学)をやっている人なのだと思う.まぁ,私が関わったのはいろんな偶然なのだが.それにしても,その地域の土地のなりたち,を書かせていただいたが,岩石や古琵琶湖層や,地形まで様々なことを書いた.なんと言ったって,岩石の調査にいって,薄片まで作ったのだから(岩石薄片の顕微鏡写真まで載せましたよ).担当の方が気を遣って,ページをたくさん割いてくれたからかもしれないけれど,そのページ数だとこういうこともいるなぁと思って.
 おそらく市史や町史などのたぐいのものを執筆するのは,これが最初で最後だろうなぁ.

●調査に行ってきた

 最近,あまりフィールドにいっていないから,体がなまっている.数日調査に行ったのだが,なんとなく筋肉痛というか疲れた.やはり,フィールド地質学者たるもの,しょっちゅう調査に行かねばなるまい.といっても,ちょっと前までは花粉症でそんなどころでは無かったのだけれど.調査はとある海岸で行っていたのだが,黄砂が飛んできていたせいか,鼻炎症状がちょっと出ていた.あとは,日差しがきつかったので,耳のうらとか鼻の頭とかが結構焼けた.私は長袖をきて調査をしていた(夏でも調査の基本は長袖)けれど,腕まくりをしていた人(一緒に何人かと調査をした)は結構焼けていたなぁ.
 ちなみに,海岸沿いということは,滋賀県ではないという事が分かるだろう.そう,滋賀県には海がない.調査していたのは,古琵琶湖層と時代がかぶる同時期の地層.これまでの見解が正しければ,古琵琶湖の時代でも広い湖が消滅している時代にあたる.私は火山灰研究としての大きなテーマがあるけれど,それと同じくらい大きなテーマとして,琵琶湖の環境変遷史の解明というものがある.これは,もうすでにわかってるやん,と思われるかもしれないが,いろいろな疑問がまだまだある.たとえば,広い湖が無くなったといわれているのは本当かどうか?という事はあるとしても,それが本当だとして,なぜそうなったのか?そういう現象は,琵琶湖地域だけの問題なのか?より広範囲な地盤の動きの影響をどれくらい受けているのか?などなど.今回の調査(私にとっての目的として)は,より広範囲な地質現象から琵琶湖の変遷史をみるというものの一環でした.結果はどうだったか?というと,よくわからない(今の段階は)です.


・2011年4月12日(火)

●本が出版された

 文一出版というところから「命の湖 琵琶湖をさぐる」という本がでました.これは琵琶湖博物館開館5周年企画として企画されたもので,当時の学芸員を中心に琵琶湖にまつわるいろんなことを書いている.もちろん私も執筆者の一人.5周年企画だから,企画して原稿ができてから10年も経っているということになる.なんで今頃?と思うかもしれないけれど,それは私も思う所.どちらかといえば,良く今になってでも出版できたなぁという感覚の方が大きい.
 内容は,一つの話が2ページで簡潔するというもので,同じ人がいくつかの話題を書いている.私は4つの話で,地層の事と火山灰のこと.もちろん地学以外の内容もたくさん収録されているので,琵琶湖を例に挙げているだけでそれぞれの分野の話題解説という感じのものもあるので,自然〜人文までいろいろと知りたい人にはいいと思います.みんなが買ってくれたからといって琵琶湖博物館が儲かる訳ではないですが,買ってくれるとありがたいです.1600円+消費税で販売中です.よろしく.

●また展示をします

 小さい規模の博物館なら学芸員が元から少ないので毎年企画しないといけないのだろうけれど,琵琶湖博物館の企画展示室は大きくて企画はできてもそれを埋めるのが大変.
 というわけで,今年も展示をやります.4月29日から「化石が語る350万年前の生きものたち」.もともと企画としては,琵琶湖博物館に奥山さんという方から寄贈いただいた古琵琶湖層の化石標本を展示するというものですが,その化石の時代がおおよそ350万年前ということなので,こういうタイトルになったのです.主担当は私ではありませんが,私は地層をどうやって調べるか?というようなブースを担当しています.で,私が担当する展示でいつも困るのは,『私がやっている研究では展示する標本がない!』ということです.今回は地層についての展示なので,地層を展示しようと思います.それで今日は地層をとりにいってきました.まぁまぁうまくとれたと思います.これをどうやって展示するかは今考えているところですが,あと2週間くらいしかないのではやいところ決着をつけなければ...

●新燃岳の展示は終了

 一応,4月3日まで,ということでやっていた展示なので下げました.3月11日の地震以降はこの話題は世間から全くなくなってしまったけれど,実際にはいまでも警戒レベル3で噴火活動も10日に一回くらいあるようです.このことはもう一つの大きな自然災害とその災害によって起こっているとてつもなく大変な災害のために,マスコミなどがそちらを報道するのは当然なのだろうとは思いますが,こちらもまだ活動はつづいていて,その事による被害がどういう事になっているのかは,こちらには伝わってこないのでわかりません.
 これを忘れられないように展示を続けようかとも思いましたが,こちらに是に関する情報がないかぎり,あまり無責任に展示をするのもどうか?と悩みました.結局の所,期間を決めていたという事に従うことにして,展示は下げました.けれど,ここで展示について,展示をする側はどれだけその展示について知っている必要があるか?というのを考えていました.もちろん展示している内容についての責任はあるわけですし,その時に知られている(考えられている)最も妥当な内容であることは最低限必要な事で,それが間違っているなんて事は問題外なのですが,そういう事ではなくて,今起こっている事を展示するのであれば,それについての情報を常に仕入れている必要もあるなと.これは,おそらく現在の自然や人を対象に展示をしている人はいつも思うことではないかと思う.私は幸いに(?)地質学で,過去に起こった事例を扱っているので,少なくとも今の科学でどれくらい分かっているのか?をいう事を仕入れていればいいのだけれど,今回のような火山活動や(もし地震を扱うなら地震)それに伴う災害について,常に情報を仕入れている必要もあるのだろうと思う.今の私には新燃岳に関する情報を仕入れていることができなかったので,提示していた展示期間を延長して,という事はできなかった.展示に限らず,どうすればいいのか?と悩むことは多い.それでもそのときそのときで結論を出してやっていくしかないと思う.


・2011年3月26日(土)

●3月下旬の雪

 今日は朝から雪が降っていた.滋賀県南部で雪が降ること自体はそれほど珍しくはないのだけれど,この時期にというとちょっと不思議な感じがする.今年の冬は寒さがそれほど厳しいと思わなかったけれど,去年に引き続き3月下旬に雪がふるという事が起こっている.気圧配置をみても結構最近まで冬型配置になっている日も多かったように思う.これが地球温暖化の影響なのかわからないけれど,ようやく暖かくなってきたと思った頃に寒波はつらい.この寒さが東北地域の被災地にもいっていると思うとこまった事だと思う.けれど,思うだけでとくに何ができるというわけではない.まぁ,私は自分のやるべき事をやろう.
 というわけではないけれど,今日は琵琶湖博物館わくわく探検隊の日(昔の体験学習の日プログラム)で,今月の二回目をやった.今月は偏光スコープがテーマ.先月は水晶がテーマだったから,珍しく二ヶ月連続で地学ネタだ.偏光スコープというのは,偏光シートををつかって自分たちでつくってもらい,あるものがどういうふうに見えるのかを体験するというもの.科学館などでもよく取り入れられているプログラムだけれど,科学館などでは光の性質を学ぶために使う事が多い.琵琶湖博物館では,展示物や研究との関連から,偏光顕微鏡や石の研究のつながりを持たせたもの.だから,私も担当者の一人なのです.二週間前にも一度やりましたが,今回の方がもうちょっと偏光顕微鏡との関連について,説明した時間が長かったかも.このプログラムに参加する子ども達は結構な低年齢層なので,偏光顕微鏡や石の話を聞いてもらうのはちょっとつらかったかもしれないけれど,プロジェクターで岩石薄片の顕微鏡映像をみたりするのは偏光スコープとの関連とかを何となく感じ取ってくれたかもしれない.とはいえ,どちらかというと一緒に来ている親御さんへ向けた説明でもあったのだけれど.何にしても,参加した人達にちょっとでも伝わったらいいなと思う.


・2011年3月21日(月)

●地質学は何のために

 地質学というと,地震や火山などの自然災害の事をイメージされるのであまりイメージがよくない,とこれまでにも私はよくいっていた.地学というと化石とか鉱物とかのイメージが強いような気がするのは気のせいだろうか.私は,地質学をつかって自然の理解を高めようとしてはいるけれど,私の研究が災害を未然に防ぐなどに貢献する事は(少なくとも私が生きている間に)おそらくないと思う.地震に関しては,地震学の研究者(の一部)が予知は可能として,研究を続けてはいるけれど,まだまだそういうレベルには達していない.将来的に可能かどうかは別にしてそれを目指している事は確かだ.
 今回の地震に関して言えば,地震の揺れによる直接的な被害よりも,津波の被害の方が大きかったというのがおおかたの一致する意見だろうと思う.すべてさらっていかれた,というイメージもテレビやインターネットでみる映像をみているとそれほどかけ離れたものではないと思う.私は地質学をやっているので,ある程度研究情報が入ってくるのだけれど,今回の規模の津波は,1000年くらい前にもあったらしいというのが最近の知見だそうだ.だいたい900年〜1100年くらいの周期でこれくらいの規模の津波を引き起こす地震があるらしい,と.今回は前回からすると1000年くらいたっていて,非常に危険だから防災計画へ,という提言をしつつあった矢先のことであったらしい.これがもう少し早ければ,と一部の関係者はもらしているそうだけれど,本当にそれができていたとして,今回のような津波を防ぐことができたのだろうか?
 日本は火山や地震,洪水などさまざまな自然災害がおきる.その一方で,そういう災害を起こすような自然現象があった積み重ねで,今の自然がある.それは豊富な水資源であったり,風光明媚な風景(地形を含む)であったりする.私が担当した姉川地震から100年目の展示では,このようなことを書いていた.だから諦めろ,という訳ではなく,住みやすい環境をそういうものが作っているということを分かった上で,危険を知ってほしい,というのがその当時の私の意見であった.けれど,実際にこのような大規模な災害があった時には,なかなかこのような発言は難しい.それは自粛するとかそういう事ではなく,それならどうしたらいいの?という回答が私にはないから.
 回答ではないけれど,あるインターネット上の掲示板で書かれていたことをよんで,ふと思った.それは覚悟ということかなと.危険である,ということを覚悟して,もしもそのような現象にであったらどうするか?も考えておく,ということなのかもしれないなと.リスクがあると分かっていても,より住みやすい場所に多くの人は住みたがるだろう.たとえば,今回の地震をみて,首都圏はこういう自然災害に弱いというのはだれもが思っただろう.そういう場所でも普段は住みやすいので多くの人が住むのだと思う.だからこの弱さを覚悟する事が大事なのだろうと思う.とはいえ,覚悟したからといって何があるというわけでもなく,覚悟していない人とどう違うのかというと何も変わらない気もする.私は,博物館で地質学を使って,いったい何をうったえていけばいいのだろうか?ここのところそういうことでずっと悩んでいる.


・2011年3月16日(水)

●地質学という学問を職業の対象にしていること

 前回の記事からいくつか書こうと思っていたことがあったけれど,今回のことでみんなとんでしまった.さて,これについて何もコメントしないですませられないので,とりとめもないことを書くことになろうかと思います.時間の無駄だと思われる方は(そんな人はこのページ自体を読んでいないと思うけれど)とばしてください.
 何の事をかこうとしているかは,たぶん誰もがわかると思います.そう3月11日の三陸沖を震源とする地震のことです.
 被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます.
 あのあたりはずっと地震の多いところで,ここ数十年をとってみても小さいものから結構大きな規模のものまで様々だけれど,結構な数にのぼる.今回の地震が起こる以前の,9日あたりにも結構大きめの地震があった.おそらく多くの人が,あの地震が本震であとに余震が続くのだろうと思っていたのではないかと予想する.けれど,あれが今回の前震だなんて誰が想像しただろうか?自然を理解したいとは,研究者だけでなく,それを生業としない人びとにとっても望みだろうと思うけれど,本当に私たちが理解している自然なんてほんのちょっとだということがいつまで経っても思うことだ.
 地震が起きた時に,私は博物館で会議中だった.非常に長い周期のゆっくりした揺れで,かなり長い時間(といっても1分程度なんだと思う)揺れていた事から,プレート型の地震かとおもっていた.誰かは東海地震がきたか?と言っていたが,そのときに感じた揺れはそういう程度ではなかったし,いわゆる大規模な東海地震とは違うと思った.けれど,あれほどの地震だとは本当の事を言うと思っていなかった.だから,会議を中断して,展示室や収蔵庫やみんながいろんな所を見て回って,うちの博物館ではとくに被害がなかった事を確認したあとに,テレビなどの放送で確認した震源地周辺の映像や気象庁の発表はかなり驚いたのはきっと他のみんなと同じだろう.結局,私は地質学を生業にしているけれど,他の学芸員となんら代わりがなかったのである.
 さて,当初M8.8と言われていたものがM9.0に修正されたがいずれにしても,世界的にみてもかなりの大きな規模である.今回の場合,揺れによる被害よりも,その後にきた津波の被害の方が大きいと思う.もっとも,揺れのためにその後起きる原発の事故などは揺れによる被害ではあるけれども,ちょっと質的に違うものだから,ここではその話題には触れないでおく.自然は私たちの予想を上回っている.そのことを私たち地質学の研究者は知っているはずだ.だけれど,それを知っているだけで,なんともできていない.ならば,何をすればいいのか?自然の大きさを分かった上で,その防ぎようのない現象からどうやって私たちの身を守るか,ということをよりよく知り伝えることなのだろうと思う.津波のメカニズムを知っていれば身を守れるのか?地震の事を知っていれば身を守れるのか?という疑問はあると思うけれど,現象としてどういうものか,を感覚的に知っているのは必要だろうと思う.日本には,今回のような地震やそれにまつわるもの,火山,洪水など様々な災害につながる規模の大きな自然現象が多い.なのに,それが一般の人の多くに伝わるはずの義務教育では,そこで取り上げられるはずの地学や地理はあまり教えてくれない.もうそういう状況が長い間続いているから,今教員になっている方々も学校で習わなかったという人も多いのだろうと思う.私は,火山灰や地層の形成について研究をしているけれど,博物館学芸員なので,学校とは違う切り口でそれを人びとに伝えることができる立場にいるのだと思う.だからこそ,こういう時にはより自分がいかに何もできていないかという事をよく思い知らされる.科学は人びとの幸せのためにある,とよく言われるが,直接災害を防ぐ研究をしていなかったとしても,研究者にできることはあると思う.たいした力がないのはよく分かっている.けれども,やっぱり自分がやるべき事をちゃんとやっていかなければならないなと思う.それは地質学を担当している博物館学芸員としての私の職務でもあるのだろうと思っている.でもやっぱり学校でも取り上げてほしい.日本がこういう場所にあるということを,なんで学校で必要だと思われていないのだろう?
 たまたまこのページにいきついて,私の文章を読まれて失礼だと感じるような文章を見つけられた方がありましたら,お詫び申し上げます.私の真意は,今回の事がいかに自分が何も知らなくて,なにもできていなかったかということを改めて思わされた出来事であったという事を述べようとしたものです.被災された方々みなさまが一日も早く復興される事を願います.


・2011年2月26日(土)

●琵琶湖博物館わくわく探検隊

 琵琶湖博物館では毎月,第二・第四土曜日には,タイトルにあるような行事をやっています.昔は体験学習の日プログラムとか呼ばれていたやつです.で,月ごとにテーマがあるのですが,二月は「水晶のレプリカをつくろう」というものでした.
 これはもともと,今年度の4月にやった鉱物・化石展の関連行事をこちらでもやろうということになったのだと思うのですが,あのときには参加者は20数名でまぁまぁ人数的にもいい感じだった.そのときには,鉱物の説明とかは鉱物・化石展の主催の一つである(もう一つは琵琶湖博物館)湖国もぐらの会の人にやってもらいました.今回は一応学芸員が,ということで,私が説明するということでやったんです.先々週と今日やったのですが,どちらも大盛況で,うれしい悲鳴.なぜ悲鳴かというと,あまり人数が多いとあぶない(熱湯を使う場面があります)などの問題があって.ともかく,それでやりました.これでたくさんの子ども達が鉱物ではなくても,地学や自然の事に興味をもってもらえたらいいなと思います.それにしても,こんなにも地学関連の事が注目されることがかつてあっただろうか?と思い返してみる.まぁ,鉱物,しかも水晶だからなぁ,というのとレプリカをつくるということで何かを作るのはわりと人気という事がありますけれど.という訳で,しばらく船にのって研究づけだったつけが回ってきたのか,最近は展示をやったり,体験学習をやったり,資料整理をしたり,webの更新をやったりと博物館事業づいているな.こちらもうれしい悲鳴...
 写真は行事が終わった後に私が作ってみたもの.学芸員の見本をみせてもうらおうかぁ,といわれてつくったけれど,あまりうまくできなかった.イメージとしては田上山でとれる黒水晶をイメージしています.


・2011年2月25日(金)

●アメリカ南西部の干ばつの履歴:論文より

 Natureの今週号(2001年2月24日号Volume 470 Number 7335)にあった論文で,アメリカ南西部でおこってきた大規模干ばつの履歴を,ニューメキシコ北部にある湖の堆積物から調べたというもの.地球の温暖な時期には10年規模でつづく大規模な干ばつがおこってきたことを明らかにしたそうなのだが,この論文がNatureで取り上げられた理由はそこではなくて,論文の最後のほうにある内容だろう(といっても論文のabstractしか読んでいません).地球の温暖期と寒冷期はここ90万年くらいの間には10万年周期があるといわれていて,一つまえの温暖期は十数万年前にあった.現在の温暖な気候はこの一つ前の温暖期と比較して,現在は寒冷に向かっているはずだなどと言われてきたが,その一方で,現在の温暖期は約40万年前にあった温暖期(4つほど前)に似ているのだ,という意見が少なからずある(40万年の周期があるという話).今回の論文では,その事について明確に述べられているようで,アメリカ南西部の大規模干ばつの履歴をみる限りでは,その40万年前の温暖期の傾向と非常によく似ているらしい.それだけではなく,その傾向から考えれば,現在の温暖期は40万年前の温暖期の終わりあたりにあって,人為の影響がなければ現在は寒冷で湿潤な時代なはずだ,と言っている(abstractで).
 これは結構おどろきで,40万年前の温暖期と比べなければならない,という話はいろいろと聞いていたが,それと比較しても現在は寒冷化に向かっているはず,という報告があることで,現在の温暖化が人為によるものだ,という意見に拍車がかかりそう.とはいえ,どこでも同じような結果がでるのかどうかは今後の同様の研究を見守りたいところ.
 この号のNatureには,節足動物の先祖にあたると考えられる化石の報告なんかものっていた(表紙にもなっている).【こちら】

●幸せとは?

 人それぞれに幸せのかたちはあるだろうし,それを感じるのは一つの事柄ではないと思う.ただ,そういう幸せの中に自分の理解者がいるということもあると思う.それをもう少し広げると,自分の興味に共感してくれる人がいるということもあるだろう.大学の教員であれば,いやいやながらだったとしても,いくつかある選択肢の中から卒論のテーマとして自分の研究分野を選ぼうとした学生がくるわけで,それは幸せといえば幸せなことなのだろうと思う.けれど,私のような博物館の学芸員にはそういうことがない.要するに私には弟子はいない.私たちにとっての自分の興味への共感というのは,講座であったり,展示であったりの反応だろうと思う.
 私がやってきた展示というのは,殆どが自分の専門的な内容というより,姉川地震から100年(そんな展示もやりました)とかに象徴されるように,ここにいる他の学芸員よりはくわしいけれど本当の専門分野ではない,というもので,専門分野とか興味の対象としての研究とはちょっとちがった事が多い.そういう意味でいえば,今回のA展示室にだしている火山灰の展示は,まさにぴったりではないけれど,自分の専門分野の展示だ.今回の展示の場合には,時事的なことと絡めているので,純粋に興味の共感を得たというわけではないのだけれど,それでも反応があるのはうれしい.
 そういう反応がある,というのは自分が展示にでているからわかるというよりは,展示室にいる展示交流員の方々(赤い服を着た人です)から耳にするのです.一応,私も気になるので,どうですか?と聞いてみたりする.彼ら(女性が多いですがこう呼びます)は直接,来館者に接する訳ですから,その反応がどんなものか?は彼らに聞くのが早い.展示の内容がニュースにあがるようなものだと,来館者からはいろいろと質問される事が多いから,展示室に様子を見に行くと,いろいろと質問をうける.彼らにとっては興味というよりも,仕事で困ったことを質問しているだけなのかもしれないが,私としては,それも反応の一つと感じるので,やはりうれしい事の一つだ.
 大学教員にとっての幸せがなにかは知らないが,自分のもとについた勘の鋭い学生に出会った時には喜びに感じるのではないか?と勝手に想像する.私にはそういう事がないけれど,そういう勘の鋭い人物に出くわすときがある.今日うけた質問は,まさにそういうもので,私が説明したことから,別の疑問をもって質問をしてくる.その質問が実に的を得ていたり,あまり他の人からうけた事のない質問だったりしたので,そういう時にはうれしい.最近その人に,自分の分野の説明をしたりすることがあるので,そういう人と話をしているのは,やっぱりうれしい.ここで誤解の内容にあえて書いておくが,そういう人でなければ質問をうけたり話をしたりするのが楽しくないと言っているのではない.もちろん,そういう反応がうれしい,というさらに上のうれしさがあるということ.
 というわけで,きっと同じ研究者でも大学の教員であれば感じることがないであろう幸せというかうれしさを,ちょっとした展示をすることで感じることができる.仕事でうれしいとか幸せを感じることができるということそのものが幸せな事なのかもしれないな,と思った今日でした.疲れた体にちょっとした潤いが与えられた気分...


・2011年2月20日(日)

●新燃岳の火山灰展示

 今年にはいって,1月19日から九州南部の霧島火山の噴火活動が始まった.突然火山活動が始まったかのような報道が多いようですが,霧島火山はマグマだまりがあって活動を続けている火山(いわゆる活火山)です.明治の頃にも噴火があったらしいから,私たちの世代にはなかっただけのようです.それにしても宮崎の人達は災難だと思う.
 私は火山灰の研究をしているが,現在の火山活動を研究しているわけではなく,地層中にある昔の火山活動による火山灰を扱っている.だから,今回の火山噴火が研究対象になっている訳ではない.けれど,日本が火山国であって,火山活動が少なくとも古琵琶湖の時代である数百万年前からずっとあったという事が,私たちが日本に暮らしているということ,この地の環境がどういうものであるか?ということとはつながっていると思っている.だから,テレビで災害をみていてもどこか自分とは関係のない遠く離れたところで起こっていること,ではなくて,日本がどういう場所であるのか?を再認識してもらおうということを考えて,新燃岳から噴出した火山噴出物(+滋賀県の火山灰)を展示することにしました.というか昨日から展示しています.とはいえ,簡単なパネルでの解説と,火山灰がおかれているだけだから,どこまでその事が伝わるのか分かりませんが,火山が近くにない,また,災害で大変になっている地域のことをなぜわざわざ扱うのか?という疑問があったとしても,ここに書いたことが私の考えです.どうか,火山だけではなく,いろんな自然のことに考えを巡らすきっかけになるといいなと思います.


・2011年1月29日(土)

●今年もよろしくと不在の理由

 さて,今年もよろしくです.
 ずいぶん長い間ご無沙汰していました.理由の一つは,先月の初頭から一ヶ月ほど博物館を不在にしていたことがあります.前回の記事には書いたかと思いますが,深海底掘削船「ちきゅう」に乗船していました.降りたのは1月11日ですから,それからでももうずいぶんたっていますが,ここで報告しなかったのはたんなる怠慢です.
 「ちきゅう」は国際協力で行っている深海底掘削研究の船なのですが,日本主導で行うことができる船です.ですから,この船には日本人率が結構高い.だからこそ,私のような海域の研究を主体としていない研究者でも乗ることが可能だったのだと思います.さて,今回の研究の成果については,あちらとの契約の関係で,まだ話すことができないのですが,私にとっては,それよりもそこで得られたサンプルが大事で,しっかりともらってきました.これを後数年以内に分析・考察・論文化(国際雑誌)しなければならないと思うと,本当に大丈夫かぁ?という気になってきますが,この研究は琵琶湖博物館や古琵琶湖層群の研究にとっても重要なのでなんとかしたいと思います.
 あまり細かい内容はかけないけれど,こんなページは関係研究者であっても見ていないだろうから,どんな体験をしたのかさわりだけ書いてみようと思います.怒られたら削除しますけど.
 「ちきゅう」では,私は堆積学者として乗船しましたが,ここでの研究者の作業は,二交代制をとっていて,夜シフトと昼シフトに別れています.交代時間は夜中の0時と昼の0時です.つまり0時から昼の0時まで働く(作業する)か,昼0時から夜中の0時まで働く(作業する)かのどちらか.どちらも厳しい(12時間フル作業ですからね)ですが,夜シフトは結構厳しいよ.その夜シフトに私はなったのです.夜シフトのいいところは,朝日が毎日拝める所です.といっても,その時間は作業中で,夜中はカーテンを閉めているから(光が外に漏れないように)そろそろ朝かなぁ?と思った頃にカーテンを開けて明るくなる,という状態.それでも,人間はたいしたものだ.始めはその時間に慣れるまで大変(昼から夜まで寝るというのに慣れない)で,殆ど眠らずに数日過ごす,という状態でしたが,だんだん,6時に食べるご飯が,昼ご飯の感覚になってくる自分を発見できます.
 乗船しているのは研究者だけではなくて,もちろんボーリングを掘るスタッフなどたくさんのスタッフがいます(だいたい200人くらいと聞いています).彼らも基本的には二交代だと思いますが,交代時間はちょっと違うみたいです.それと,みんなそうだと思うのですが,船にいるときには休日はありません.来る日も来る日も作業をしています.研究者はミーティングがほぼ毎日あって,どちらかのシフト時間にやる(日交代になることが多い)ので,シフトが終わってご飯休憩のあとにミーティングとか議論とかします.というわけで,12時間+数時間,という日がざらで,自分の研究のまとめや,メールチェックとかしていた日にゃ,あんた,一日何時間作業・研究時間だ?という感じになります.とはいえ,それを希望して乗船していますし,船の中にずっといるので,他にすることもないしで,それでいいのだ.私の日常は,睡眠時間が4時間くらいで,他はいろんな作業をしていたり,他の研究者と話をしていたりしていました.
 そういう一聴するとかなり大変な感じを受けるのですが,意外に,しんどい〜,という感じはありません.毎日作業が忙しく進んでいきますし,レポート(もちろん英語)があったり,ミーティングがあったり(もちろん英語),船乗組員全員への避難訓練が定期的にあるし(もちろん英語),しんどい〜と感じている暇などありません.たぶん,私にとってはそれだけではなくて,初めて調査船にのったことで気分が高揚しているということもあったのでしょうが,一緒にいる研究者がみんな親切でいい人だったことも関係しているのだと思います.私のつたない英語(最近TVでゆっくりした口調で人気のカメラマンよりもたぶんゆっくりな英語だったのだろうと思う)にもちゃんと耳を傾けてくれて,研究の事を話し合ったり,お互いの研究の興味とか,自分の国のこととかいろんな話をしました.私が難しいと感じることは助けてくれました.そういう良い人間関係のおかげで,乗船していることも,研究も作業もつらく感じなかったのだろうと思います.
 それと,英語はちっともうまくはなっていませんが,ある発見がありました.毎日,簡単なフレーズの英語を使っていると,そういう簡単なフレーズは考えなくてもでてくるようになりました.私はこれまで英語は日本語で考えて英語に訳す,という発言の仕方しかできませんでしたが,私たちは話しをするときに,言葉を考えて選んで発言をするという事は日常会話ではすくなく,ある場面に出くわしたときに,その場面に適切な言葉を使う,というこれまでの経験上繰り返してきた言葉が状況に従って自然と出てきています.なので,英語もそれは同じで,文章は書けるのに話言葉は出てこない,という人は,状況によって言葉を発するという経験が少ないからなのだろうな?と思いました.とはいえ,コミュニケーションで重要なのはもっと複雑な言葉が多いので,それだけではないのですけれど.私の場合,この研究プロジェクトが終了するまで(船を下りたら終わりでは無いのですよ)英語でのコミュニケーションが必要ですし,知り合った研究者とは仲良く慣れたので,縁がとぎれないようにしたいという思いもあるから,もっと英語力をアップさせないと駄目ですね.自分が駄目だというのはいやと言うほど感じさせられましたが,それ以上に,議論に参加できないという事が悔しかったです.といっても,私のことだから,ちっとも改善されないのだろうな.あーぁ.
 長い間更新をさぼっていたので,たくさん書き込みました.さて,今年はどんな年になるのでしょうか?博物館の事もちゃんといつも通りがんばっていきたいと思います.今年も宜しく.
 あぁ,そういえば,毎年この時期にやっている地学研究発表会(大津駅前の平和堂の滋賀大大津サテライトプラザでやります)のプログラムができました.【こちら】.是非,きてください.



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