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館長対談

琵琶湖博物館開館1周年記念シンポジウムから

(うみ)はだれのもの?

 開館1周年を迎えて、琵琶湖博物館では10月19日(日)、記念シンポジウムを開きました。

 そのゲストとして、シンガーソングライターのみなみらんぼう氏を迎え、「湖はだれのもの?」をテーマに、館長と語り合っていただきました。

 そのさわりの部分を紹介します。

ゲスト
シンガーソングライター
みなみ らんぼう氏

ホスト
琵琶湖博物館 館長
川那部 浩哉


『川はだれのもの』を作るまで

川那部■ 月並みながら、『川はだれのもの』という歌を作られた動機あたりから、お願いします。

みなみ■ 僕は宮城県の北の方の生まれです。近くの伊豆沼で、泳ぎを覚えたり、ヒシやの実やハスの実を採っていました。体に藻や泥をたくさん付けてね。こういうと最近の人は「汚い」と思うようですが、今のように、生活排水や工業排水が流れ込んではいませんから、きれいな「泥」だったんです(笑)。

川那部■ そう。おなじ「汚い」という言葉を使ってはいけないんですよ。
 ところで伊豆沼は、ラムサール条約の国際的重要湿地に登録されていましたね。

みなみ■ ガンは昔からたくさん来ます。もう田んぼで落ち穂を食べていますよ。その後ハクチョウが来るようになって、今ではその、一大サンクチュアリになりました。他に棲むところがなくなったということで、なんか複雑な心境なんですけどね。
 やがて、東京に出て、作詞作曲の仕事をするようになって、囲炉裏や裸電球の時期っていうのが、非常にこう、暖かく懐かしく思い出されるんですね。テレビでも、旅番組とか、ネイチャーものとか、好きなものを増やすようになって、あるとき、荒川をテーマにした番組を持つようになりました。ゲストの方から漁の話だとかなんだとか、いろいろ聞くようになって。
 そこで、「川っていうのは誰のものなんだろう?」って、光がひらめいたように感じたんですよ。そして、歌詞にあるとおり、「生きているすべてのものだ」という気持になりまして。幼年体験があって、発酵していったのだと思いますね。

魚に触れる感覚

川那部■ その「幼年体験」を、もう少し詳しくお願いします。

みなみ■ 先ほど話しましたように潜って遊んだり。それからウナギ針を、掛けました。ミミズ、東北ではノラミミズって言っていましたが、そのギラギラ光る、割り箸の長さぐらいのやつ、引っ張るともっと伸びるのを、夕かたにゴミ溜めなどから掘っくりかえして、空き缶にぎっしり詰めて、それをポケットに入れる。すぐポケットの中にはい出してくるんですが、それをウナギ針に刺す。ぬるぬるするやつを、ずっと糸の方まで上げるんですよ。手はもちろん汚れますよ。カに食われながらそういうことをして、近くの川に行って、置き針と言いましたが、岸などにさしてくるんです。それで翌朝暗いうちに、友達が呼びに来て、眠い目をこすりながら畑を通って、トマトをこう、盗んだりして食べながら。

川那部■ そうそう(笑)。

みなみ■ そういう点では寛容でしたね。キュウリもとって食べた。そして、針を上げてみるとウナギがかかっている。コイやナマズがかかっていることもありました。そういう時の感触っていうのは子供としては最大のものでしたね。
 それから、つかみ捕りもよくやりました。淵の方に追い詰めていって、つかんで捕る。それをササにつないで、よく絵でクマがやっているみたいにぶら下げて帰るんですよ。
 見えなくても種類がわかるんですね。鱗の大きさなのか逃げかたでなのか。ちょっと手に触っただけで「これはオイカワだぞ」とか「ナマズだ」とかわかる。ギギのときは…棘があって刺すでしょう、あれは。それでもう、何時間も痛いんですけれど。子どもというのは、度胸があるのか馬鹿なのか、放さないんですね。「刺されてもいい」。捕まえる快感の方が大きいんです。鱗のぬるぬるする、ずるずるする、すべすべする感じの違いが、皮膚感覚でみんなわかる。これが重要ではなかったと。

川那部■ 見るのと触るのとは、全く違いますものね。私は京都の生まれで、街中育ちだったから、子どものときはせいぜい鴨川程度でした。それが魚の調査をするようになってから、石の下に手を入れて、魚をつかんだんです。ずいぶんおくてで(笑)。背中側からつかむとすぐ逃げるんですが、腹側からだと捕れる。

みなみ■ そうなんですね。気持ちよさそうにすーっとなるんですね。

川那部■ 気持ちがいいかどうかは、わからないけれど(笑)。

みなみ■ 子どものときに魚をつかんだり、釣ったりした喜びというものは、もう52歳になっているわけですけれども、心の中にずっと残っていますよね。歌を作ったときに出て来るっていうのは、やっぱりエネルギーとして、からだの中に染み込んでいるのだな、と思います。
 それで、今の子どもたちはどうなんだろうと、考えてしまいます。生け簀のようなものの中に入って、「さあ皆さん、つかみ捕りです。3分間で何匹つかまえられますか」っていうのは。あれは虐待だと思うんです。魚にも子どもにもね。そうじゃなくて、逃げられる自然の条件の中で、言わば五分五分で、知恵比べをするというあたりが、少年の喜びだったような気がします。そういうことを鍛えられる場がなくなってしまった。

川那部■ 痛烈に覚えていることがあります。トノサマガエルをつかまえて、麦わらをお尻の方から入れて、息を吹き込む。お腹が膨らんで、ついに「ばん」とはじけて死にます。そのとき「殺してしまった」という実感が涌いて、「生きている」ということを、初めて真剣に考えたのです。最近の子どもに、カエルを殺すことを奨励するのではありませんが、命の大切さは、こういうことではっきりわかる。「われわれ人間はそもそも、植物や動物の命を奪ってでないと自分の生命を維持出来ない、罪深い存在だ」ということも、直接知る機会がないと、痛切には感じないような気がします。

湖とのかかわりかた 欧米と日本との違い

川那部■ みなみさんは、外国のいろんな湖へも、よくいらっしゃっていますね。

みなみ■ 南米のチチカカ湖とシベリアのバイカル湖へは二回ずつ、スイスのレマン湖にも二度ほど行きました。このあいだは、カナダのモーレン湖とかアグネス湖とかを回りました。湖や川と人間のかかわりっていうのも、自然に見てしまったという感じですね。

川那部■ 私はほとんどアフリカの湖ばかりで、チチカカ湖もバイカル湖も一度ずつ行っただけです。豊富なご経験から、日本の湖や川について、どういう感じを持っていらっしゃるでしょう?

みなみ■ 欧米だと、都市化の一方で、漁をする人の生活基盤を維持するためにも、環境行政がしっかり行われている感じがします。アグネス湖などでは、あんなにすばらしい湖に、一艘も船が浮かんでいません。ボートもカヌーもだめ。魚釣りもしてはだめな湖だと、決まっているんですね。自然と付き合うスタンスをしっかり持っています。
 日本の場合は、なんかこう湖は一方的にいじめられているというふうな感じですね。汚水は垂れ流しだし、釣りでも何でも、遊び放題でやっています。規制せよというんではないんですが、マナーと言いますか、やっている人たちの中でまず、考えていかなければならないんじゃないか。こういう意識が高まっていかないものだろうかと、そう感じますね。

川那部■ この夏に、琵琶湖の沖島の漁師さんと対談したのです(本紙3号)。ここ50年ばかりの漁の変化をお聞きしたんですが、以前はありとあらゆる魚が対象になっていて、売りもし、自分たちも食べていた。それが、「今はこれが大量に欲しい」と、少量の種に限定されるのですね。だから乱獲も起こるのです。今では、ほとんどアユだけだそうですよ。そして儲かることだけになるから、魚に対する付き合い方も、単純化してしまったというわけです。

みなみ■ 雑木とか雑草とか雑魚とか、あまり金にならないものは一括して呼びますが、本来はみんな役割があって存在しているわけですね。子どもに、「お父さん、そんな絶滅したって私たち関係ないよ。どうして『守ろう、守ろう』ってお金を使うの」って聞かれたことがあります。私がすべき回答と言うか、種の途絶えることの重大さを、わかりやすく教えていただけませんか。

川那部■ さぁ、たいへんだ。(笑)
 地球の歴史の中では、いつも種は絶滅したり、また分化して新しく出現したりしてきたわけですね。だから、少数の種が絶滅するだけなら、その貴重さは認めるけれども、私は、お墓を作って手を合わせるだけで、済ますでしょう。
 しかし、いま起こっているのは、過去最大の絶滅速度の、数万倍以上だそうで、つまり、かなりのものが絶滅していくわけです。生物どうしはさまざまな関係で、互いに複雑につながっています。各生物は互いに、相手の存在を考慮に入れて、自分自身を歴史的に作ってきたわけです。こういう連鎖関係は、かなり柔軟性のあるものですが、それでもある程度の種がいなくなると、全体がいっぺんに崩壊する。それがいちばん、恐ろしいことです。これは、人間の儲けになるかならないかとは、全く関係がないわけです。
 琵琶湖でも、環境の変化と連動して、例えばブラックバスやブルーギルが増えました。多くの沿岸では、この二種のほかにはヨシノボリと、これも外来種のヌマチチブだけというところが、多いのです。こういう単純化が、琵琶湖に何をもたらすか、本当に怖い。

みなみ■ それまでいた魚がいなくなると、その魚と共存していたプランクトンや微生物とかも、影響を受けて……。

川那部■ ええ、魚によるプランクトン生物への影響は、一般にたいへんなものです。

キャッチ=アンド=イートこそ

みなみ■ 釣り人口は、今や非常に多いですね。全国的な釣りの雑誌も、5〜6年前は4誌か5誌だったのに、今は12誌ぐらいだそうです。以前は、「釣った魚は必ず食べて、成仏させる」というのが日本人のありかたでしたが、今は遊びの釣りかたになってしまって、捕まえたものをまた放す。

川那部■ あれは、本当に困っているんです。釣ったら必ず持って帰って出来るだけ食べて欲しい。特にブラックバスはうまいですからね。

みなみ■ おいしいんですか?

川那部■ スズキに近縁ですから、白身でなかなかうまいんですよ。
 最初に箱根の芦の湖に入れる時には大議論があったんだそうです。それがここ数十年は、見さかいなしですからね。うまく湖や池を選んで導入すれば、今ごろは「ブラックバスはいい魚だ」と多くの人にほめられていたかも知れないのに、害魚だと言われて、魚のせいじゃないのに、本当にかわいそうなことです。
 この博物館の水族展示にも、ブラックバスがいます。あの横に個人意見として、次のようなものを出そうと思っているんです。「ブラックバスは、キャッチ=アンド=テイクアウト=アンド=イート。『キャッチ=アンド=レリーズ』は、琵琶湖の敵」とね。そしてその下に、意見を書いてもらうのです。

みなみ■ 他にも外来魚が増えているようで、生態系がずいぶん変わりつつありますね。

川那部■ ドイツでは、州ごとに釣りの免許があって、日本の自動車と同じように、政府が試験をするのです。捕ってはいけない種とか、大きさ・数・季節の制限などはもちろんですが、この種はライン川水系にしかいないとか、別の種はドナウ川水系にだけとかも、ちゃんと問題に出ます。そして8割以上だったかな、正解でないと釣りが出来ないのです。いったん違反をすると免許は数年間取り消されるし、大きい違反を犯せば、一生だめになります。
 日本もこうすべきだと、必ずしもいうわけではありませんが、これを自主的にやるなどというのは、不可能なことなのでしょうか。そうしないと、生物間の関係は覆されてしまうし、生物に対するつきあい方も、おかしくなるのですが。

みなみ■ 湖ではないんですけど、カナダで、ハイウェイがずっと森の中に伸びていましてね。ところどころに橋があるんですよ。この辺りには人が住んでいないと聞いていたので、尋ねたところ、動物が渡るための橋なんですって。そこまで動物のためにしてやる発想が出来るのは、やっぱり進んでいるのですね。
 また、スイスやドイツは景観条例がしっかりしていますから、家の外観の配色なども、個人では決められません。洗濯ものも、外ではなく室内で干して、この観光の国を大切にする喜びを感じていると、お年寄りに聞きました。
 琵琶湖にもそういうことがあってもいいような気がするんですよ。周辺に住む人たちが、すばらしい自然と文化とを育んだ、この古代湖とともに生きているんだと、他所からの人に見せるわけです。

「琵琶湖の日」を休日に

川那部■ 具体的に、琵琶湖に誇りを持つためのご提言があるでしょうか。

みなみ■ そうですね。いつだったか、10月1日の朝に、娘が起きてこない。「どうしたんだ、学校を休むのか」って聞いたら、「今日は『都民の日』よ。休みよ」なんです。「琵琶湖の日」というのがあるそうですね。7月1日。県ではその日を、休みにしてはいかがですか。

川那部■ それは良いですね。(拍手)

みなみ■ その日は、なんか琵琶湖について考えたり、琵琶湖で遊んだり。
 琵琶湖は、日本のちょうどくびれたところにある「胃袋」みたいなものですから。そのかたちはちょうど、逆さまかもしれませんが。(笑)

川那部■ 日本の胃袋とは、すばらしい。

みなみ■ 日本が健康を保っているのは、この胃袋のような湖のおかげだという気がするんですよ。だから「琵琶湖の日」は休む、と。

川那部■ それは、たいへんおもしろいですね。「もういくつ寝るとお正月」と同じように、「琵琶湖の日」が来るのを待つようになれば、湖とつきあいながらの自分の暮らしにも、思いが至ることでしょう。たいへん良いご提案をいただきました。私も大賛成です。会場に、県庁の職員もいらっしゃいますね。知事の稲葉さんにも私の方から申しておきましょう。
 みなみさん。今日は楽しく貴重な時間を過ごさせていただきました。お礼を申し上げます。有り難うございました。

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