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−研 究 最 前 線−

日本で3例目のカタヤ属の花粉化石

琵 琶 湖 博 物 館    山川千代美

名城大学環境創造学科 斎藤  毅

千 葉 大 学 園 芸 学部 百原  新
植物化石から、過去の植生を復元することができます。私は、埋没林の調査を、琵琶湖博物館の共同研究として行っています。(山川)


 滋賀県甲西町の野洲川河原には,直径1m以上の巨木からなる化石林があります。化石林とは、立木状態のまま地層中に散在している樹幹や樹根の化石で、古植生や堆積環境など古環境を推定する重要な証拠となるものです。最近になって、この化石林が埋まっている約260万年前の地層(古琵琶湖層群甲賀累層)から、カタヤ属の花粉化石がみつかりました。日本では3例目となる発見です。


カタヤってどんな植物?

 カタヤ属は、マツ科の常緑針葉樹ですが、今では日本列島にはみられません。中国中南部のごく限られた地域に、カタヤ・アルギロフィルラCathaya argyrophylla Chun & Kuang(中国名:銀杉)という1属1種が分布するのみです。
 成木は、高さ20m、樹幹40cm以上の高木となり、葉は長さ4〜6cm、幅2・5〜3mmの線形で、長さ3〜5cm、幅1・5〜3cmのツガやトガサワラによく似た球果(松かさ)をつけます。標高900〜1900mの岩がむき出しになった険しい斜面や尾根筋に育ち、マツ属やツガ属といった針葉樹やカシ類などの常緑広葉樹と混生して林を形成しています。


カタヤの花粉化石

 現在では中国中南部にしかみられないカタヤ属ですが、かつては地球上にずっと広く分布していた証拠があります。中生代以降の北半球各地の地層から花粉化石が見つかるのです。白亜紀(約1億4500万年前)には、北アメリカと東アジア、さらに、古第三紀前期(約6500万年前)にはヨーロッパまで分布が拡大していたとされています。その後、新第三紀後期以降になって、気候が寒冷になる過程で、カタヤ属は消滅していきます。北アメリカでは後期中新世以降、ヨーロッパでは更新世にカタヤ属は消滅しました。日本列島でも富山県と岩手県からカタヤの花粉化石が発見されており、中期中新世から鮮新世(約1600万〜170万年前)まではカタヤ属の針葉樹が列島に分布していたことが明らかになっています。

甲西町朝国地域の野洲川河床と化石林

カタヤが生えていた時代の古植生

 今回、カタヤの花粉が発見された地点の化石林は、約260万年前の河川の氾濫原で、そこにはえていた森林が埋没して形成されたものです。巨木の樹幹化石はスギ科で、周りの粘土層から落葉針葉樹のメタセコイアやスイショウの球果や葉が多く見つかり、湿地に群生するスゲ類などの草本も伴うことから、メタセコイアやスイショウが河川の後背湿地で湿地林を構成していたと考えられます。一方、洪水時に堆積したと考えられる砂層には、常緑針葉樹のコウヨウザン、マツ属、ツガ属の球果や葉などが含まれており、これらの樹木は河川の上流の山地斜面や扇状地に生育していたと考えられます。
 カタヤは、花粉化石だけが見つかり、球果や葉、枝などの化石は見つかっていません。これは、現在の生育地のように水域から遠く離れた岩上に生えていたために、花粉だけが飛来して、球果や葉などは流されて来なかったためと考えられています。
現生Cathaya
 (『中国植物志7』より)
Cathayaの花粉化石


●参考文献など
斎藤毅・百原新・山川千代美(2001)古琵琶湖層群甲賀累層(鮮新統)よりCathaya(Pinaceae)花粉の発見.地質学雑誌107巻10号,667-670.
Wu Zheng-yiほか(1996)Flora of China vol.4 Science Press, 37
Aljos F.(1990)Pinacea. Koelts Science Books,1971-175 (1978) 中国植物志7. 科学出版社, 120-123.




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