Go Prev page Go Next page
主任学芸員
橋本 道範
(文献史学
日本中世史専攻)
写真はカンジョウナワづくりでシデをつくった筆者

特集

[Medival Village Life in Oumi.]

中世むら探検
−近江の暮らしのルーツを求めて−


 よそおい、食事、住まい、遊びなど、近江の伝統的な暮らし方のルーツを中世にまでさかのぼって体験してみませんか?
 中世とは、はるか昔でもなく、かといって今に近い時代でもない、ちゅうくらいの昔。日本では、平安時代後半から室町時代まで、11世紀後半から16世紀後半までです。
 どんな時代だったのか、いっしょに探検してみましょう。

わっ! 中世?〈What's Chusei?〉
 −中世ってどんな時代?−

  皆さんは「中世」という言葉を聞いたことがありますか。古代や近代に比べてなじみのない言葉かもしれません。おおむかしでもなく、かといって最近でもない、ちゅうくらいの昔という意味です。日本史では、今から400年以上前、11世紀後半の平安時代の終わりごろから鎌倉、南北朝、室町の各時代を経て、16世紀後半の戦国時代までと考えるのが一般的です。
 では、中世とはどんな時代だったのでしょうか。鎌倉、室町時代について思いうかべるものをお聞きしたところ、圧倒的に多かったのは、源 頼朝など、武士や戦乱についてでした。「中世は武士の時代」というのは代表的な評価です。でも、なかには「印象に残らない時代」というお答えもいただきました。テレビドラマなどで華々しい武士の活躍が描かれる一方で、人々の暮らしの様子となるとほとんど印象に残っていない、というのが実際のところではないでしょうか。

中世のむらの暮らしを探検しよう

 では、当時の人々はいったいどんな暮らしをしていたのでしょうか。旅人になったつもりで展示室の探検に出かけてみてください。
 まずは中世近江の商店街を模した市町の段です。中世の旅に必要な品物や近江の特産品を探してみましょう。中世には中国の銭がつかわれ、商品流通も活発化します。
 次に、堀を渡ると、暮らし体験スペース、垣内の段です。
 この家は、どうやらお母さんが機織りをして生活を支えていたようです。畠では麻を栽培しています。木綿の国内生産が本格化していない当時、人々が身にまとっていたのは、もっぱら麻の衣服でした。
 お母さんがすり鉢を出してきました。夕食の準備が始まったようです。当時はまだ朝夕の二食でした。毎日米を食べていたわけではなく、ふだんは麦や粟などの雑穀や芋類などを煮炊きし、魚や野菜を添えていたと思われます。
 この家の屋根は葺き替えの真っ最中です。当時は、板葺きかススキなどの茅葺きでしたので、材料の確保がたいへんでした。また、住居は柱を穴に立てて組み立てたものがほとんどでした。
 あれっ。子どもたちの楽しそうな遊び声が聞こえてきます。中世の子どもたちは、毬杖といって、木の枝でつくったスティックで木切れの打ちあいっこをしています。
 さて、烏の鳴き声が聞こえてきました。大きな注連縄、カンジョウナワの向こうに、なにやら近寄りがたい空間があります。この異界の段では、地獄や疫病神などむらの外にひろがっていると考えられていた世界を、ちょっとおどろおどろしく紹介しています。

今につながるむらの誕生

第10回企画展 中世のむら探検
―近江の暮らしのルーツを求めて―


 【開催期間】
2002年7月20日〜11月24日
【開催時間】
9:30〜5:00(入館は4:30まで)
 【観覧料金】
小・中学生 450(350)円
高・大学生 700(550)円
大   人 900(700)円
( )内は20人以上の団体料金。この料金で常設展示もご覧になれます。
 【休館日】
7月20日〜9月1日は無休。9月2日〜5日は臨時休館。それ以外は毎週月曜日(休日にあたる場合は開館し翌日休館)

 一口に中世といっても、約500年の間には、暮らしにおおきな変化が起こりました。13世紀の後半になると、それぞれの家の敷地が3〜4mの大きな堀で囲われるようになります。堀にはもともとは境界としての意味がありました。また、用排水や防ご、さらには航路や漁場、洗い場としての機能もあったと思われます。周囲に堀をめぐらし、それを維持しつづけたことは、むらの周りの資源を有効に活用してこの「在所」で暮らしていこうという中世人の強い意思の表れではないかと考えています。そしてその結果、15世紀から16世紀にかけて、現在にまで繋がる強い結びつきのむら(現在の大字)とそのむらを基盤とした、いま私たちが「伝統的」と感じるような暮らしの原型ができあがっていくのです。

身近な中世を探そう
−今なぜ中世を取り上げたのか−

 今回の企画展示は、専門家の方や「近江の国 中世なんでも探検隊」の「はしかけ」の皆さんと一緒に、衣食住や遊びなど中世の暮らしを体験しながらつくってきました。展示では当時の資料ばかりでなく、少し昔の暮らしのあり方も参考にしました。湯屋の段では、中世探検隊の活動や、地域の暮らしを記録に残そうとする取り組みも紹介しています。
 ただ、今回の活動のなかで、「もう10年早かったら」という言葉をよく耳にしました。織田信長による統一政権の樹立によって中世は終わります。その後経済的な成長をとげ、明治維新後は産業の近代化も進みました。それでも、暮らしの基盤は依然として中世に生まれたむらにありました。ところが、戦後の高度経済成長を経て、私たちの暮らしの基本は大きく揺らいでいます。
 伝統的なむらでの暮らしには、戦後になって閉鎖的などとして否定されてきたものも多くあります。しかし、琵琶湖の保全が課題となっているいま、そうした暮らしの知恵こそが貴重な遺産であると認識されるようになっています。最後の地蔵盆の段では、身近に残る中世の痕跡を探すことで、これからの暮らしの手がかりを得ることができないかと考えています。近江の自然に根ざした暮らしの知恵が、そこに暮らす人々自身によって発見され、記録されて、それをもとに暮らしのあり方が見直される、そうしたきっかけにこの企画展示が貢献できることを心から願っています。

大津浦の様子(『石山寺縁起』巻二〈石山寺蔵〉にイラストを加えさせていただきました)

-2-

Go Prev page Go Prev page Go Next page