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学芸員
宮本 真二
(微古生物学)

特集

人と人の「交流」−琵琶湖博物館の展示交流員−



人と人

 わたしは作り笑いが嫌いだ。ことに博物館では、できるだけ展示の説明などはうけたくない。自分の目で静かに展示物を味わいたい。人に説明されると、説明された見方になってしまうし、その都度説明者にたいして反論したくなる。だから、よくある博物館での展示解説ツアーや、とおりいっぺんの展示説明などには極力身をおきたくない。ただ、団体行動も苦手というのもあるが。
 これまで何度か海外に研究調査などででかけた。とうぜん飛行機を利用する。あくまで経験のないファーストクラスでもビジネスクラスの話しではなく、エコノミーの話しなのだが。そこでサービスを受けるのは、客室乗務員。私は行きも帰りも最大限のサービスを期待する。まず行きの機内では、調査に使用する試料採取用のスプーンやフォークなどを機内食時にいただきたい。つづいて、キャンプ生活をする場合には、毛布もほしい。
 よくよく考えてみると、日本の航空会社のサービスはマニュアル化された通りいっぺんのもので、海外のそれは個人対個人のサービスが問われているようだ。たとえば、「これをいただきたいのですが」と言えばマニュアル化された返答はこうだ。「少々おまちください、上のものを呼んで参りますので‥」と。よく役所で電話をたらいまわしにされる心境に似ている。たとえば、こう返答できないだろうか。「はい、余っていますのでたぶん大丈夫だと思います。ちょっと見てきます」と。マスのなかの一人という感覚なら、たいした問題でもないだろう。だが、個人と個人の関係においてはそうではない。こういった部分に、博物館での「交流」もヒントがありそうで、私は、個人が責任をもって経験的技術や知識にもとづいた最大限のサービスが心地よい時間と空間を演出してくれそうだと感じている。
panel
琵琶湖博物館の玄関に掲示してる、
「展示交流員」を紹介しているパネルより。
(作成者:展示交流員 北田昌子)
 日本はよくよく個人の顔がみえないのだ。

琵琶湖博物館の展示交流員

 そう考えてみて、琵琶湖博物館の「展示交流員」の活動をふりかえる。琵琶湖博物館の展示交流員については、これまでも触れられているが、かんたんに言えば、日常的な会話を通じて、来館者と博物館との接点を探るという活動だろうか。もちろん、普通の展示解説の知識や経験はもっている。だが、実施しない。この「日常的な会話」というのがミソで、それをきっかけとして、いろいろな情報が行き交うことになる。それこそが「交流」で、展示室内のいろいろな場所でそういったことが繰り広げられている。
 いわゆる日常的な学芸職員と交流員の研修も行っているが、あくまで個人の判断において交流は行っているし、各々の経験にもとづいた活動となっている。そこで受けた個人の経験が、博物館にとっての養分となるといった考え方だ。
 でも、実際大変なことだと感じることもある。学芸員からは抽象的な言葉で「交流」の理想が語られるが、時期によっては館内案内に終始したり、とても描いている理想とはほど遠い日々が多いだろう。学芸員は専門性を武器にしてわからないで通用することもあろうが、来館者の趣向によっては、答えや解説を求められることも多いと思う。でも、具体的な活動がしめされても、それに準じた活動ができるはずもないし、再現性は相互の交流が個々において存在する限り、ない。だから、マニュアルは作成できない。よく「学芸員さんは、交流員にどんな交流をおこなってほしいと思われているのですか?」という問いがあった。自分が最大限可能な一所懸命で来館者と接することが交流で、その結果、自分も満足できればよいのではないだろうか。
 博物館は、コンビニの利便性と速さが求められているわけではない。

プロとしての交流

 これまでの試行錯誤の結果、いまでは、展示交流員とのコミュニケーションを目的とした来館者が発生するまでにもなっている。こうして、展示室内での「井戸端会議」が活性化すればいいのではないだろうか。静寂につつまれた空間は琵琶湖博物館らしくない。
 うまくいっていることばかりではない。組織としての一般的な問題はもちろんあるし、抽象的な言葉で掲げられた理想がすべて達成されているわけではない。もっとも悩ましいのは、「プロとしての交流」という行為が実績としてなかなか紙面では表現できないということだ。とうぜん、マニュアル化できないものであるし、その「経験」は試験によって評価できるものではない。だがよく考えてみたら、まだ活動を始めて五年である。人間でいうと小学生に入る段階。いまの琵琶湖博物館も、展示交流員の活動も実践によってさまざまな経験をえようとする段階だろう。それには、時間という経験が必要である。これまでの「科学知普及的活動」とはちがった模索しているのだから、短期間で認知されるものでもない。しかし、生みの苦しみを対処療法的に完治させてしまっては、時代をもどすことになる。課題解決にむけた模索をつづけることによって、心地よい日々の緊張感も持続するし、それによってあたらしいアイデアも生まれる。何より、日々がマニュアル化した単純な日常ではえられない、新しく、新鮮な経験ができるではないか。
 そのためには、新しい制度であることからくるおべんちゃらや、一過性の賞賛にまどわされることなく、積極的な批判を受入れ、生かすことができる「柔軟な姿勢(やわらか頭)」が必要だろう。
 他の館でも同様の制度が始まりつつあるという。方向性は間違ってはいない。

 琵琶湖博物館の展示室ではマニュアル化された日常はない。作り笑いもない。そんな体験は琵琶湖博物館でしかできない。もし、わたしが部外者だったら、熱心な琵琶湖博物館ファンになっているだろう。
 みなさんにも保証します。試してみてください。


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