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館長対談

「くじらと人びとのかかわり」


2000年3月29日(水)琵琶湖博物館にて

進行■滋賀県立琵琶湖博物館
専門学芸員 前畑政善(水族繁殖学)

和歌山県太地町立くじらの博物館
館長 北 洋司(1992〜1999年度)
現在、太地町役場議会事務局長
滋賀県立琵琶湖博物館
館長 川那部浩哉

自然があって、人々の営みがある。自然抜きにしての生き方は考えられないですね。(北 洋司)

くじらの博物館ではずっと以前からそういうことをちゃんとやってはったわけや。(川那部浩哉)

「くじらの博物館」とは?

川那部■北さんは、いまは「くじらの博物館」の館長さんですが、もともとは確か行政一筋の方でしたね。博物館に関係されたきっかけは?

北■1970年代後半からの「捕鯨問題」、そして82年のモラトリアム(一時停止)からです。太地町の役場へ入って32年、当時は企画・財政に携わっていたのですが、クジラは町の人々の暮らしの根幹ですから、いろいろな抗議や激励のなかで、情報を収集していました。それで自然科学や社会科学の専門の方、あるいは現業の人たちと、付き合いが拡まってもきたのです。それを活かして欲しかったのでしょう、「博物館を頼む」と言うことになりました。

川那部■「くじらの博物館」が昔流のふつうの博物館なら、そしてそういう問題が起こらなければ、北さんが出馬しなくてもよかった…(笑)。

北■行政マンは、住民の暮らしを支えていくことが役目ですし、博物館の役割のひとつは、その住民の暮らしを表現することですから、素直に移ったのです。それに祖父までは、クジラ捕りの中でも「羽刺し」、つまり銛打ちの世襲の家系でしたし。

川那部■それで、まさに「クジラとクジラをめぐる人々の暮らし」の博物館になったわけですね。琵琶湖博物館は、「湖と人間との関係を歴史的に考える」ことを目的にうたって九六年にできたけど、おたくの博物館はその前からずっと、そうやったわけや。大先輩なんですね。

いのちの重要性を考える

北■今はどちらかと言えばバーチャル(虚像)の時代で、真実が隠されてます。都会の人は、生きものの命を実感できる場面がほとんどない。太地へ来て、たまたまクジラの解体に出くわし、血のたくさん出るのを見て「ええっ」と言って驚く。動物を通して見たときに、ときには動物の死を見たときに、はじめて自分の生きてる姿、自分がどう生きなきゃいかんかが、考えられるんとちがいますかね。

川那部■おっしゃる通りです。生命の重要性を私が最初に実感したのは、トノサマガエルのおなかに麦わらを突っ込んで息を吹き込み、それが膨らんでパンとはじけて、もがいて死んだときでした。「無駄な生命はない」ことを、そのこと以来考えはじめたのです。

北■やっぱり、一人一人がそういうことをもう一度考え直してみる。それから、ほんとうの自然保護・環境保護の重要性が実感できるんと違うんでしょうか。

川那部■お魚でもね、尾頭がついたものは、死んだものでも「さばく」のはでけんと言う。「なんか、かわいそうな気がする」のだそうです。それが切り身やと平気。ただ「面倒や」ということとは違うらしい。だから、動物というのは生物を殺して食っている存在であることすら、実感でけんのです。

北■そういう意味では、漁村・農村など生産現場にいる人だけが、ほんとうの自然と生きものの姿を知ってるし、いのちも知っている。その意見の反映できる社会が必要だと思います。だから私どもは、太地町の捕鯨の歴史や文化にとどまらず、クジラを愛し、捕鯨を誇りに思ってきた心を、現場の目線から多くの方々に、情報発信していきたいと考えているのです。クジラを飼っているのも、そういう気持からです。

いのちの重要性を考える

川那部■国内で捕鯨をかなり長いあいだやってきたところは、太地のほかにはどこですか。

北■江戸時代の主なのは、四国の室戸と九州の五島列島。房総半島の和田・館山は近代捕鯨まですこし続きます。近代のは宮城県の鮎川などで、いま基地としては四個所あります。しかし、ずっと引き続いてやってきているのは、太地だけでしょう。しかも、各地の捕鯨技術はすべてうちから行ってます。過去の歴史の中で、太地ほど鯨のいのちを丁寧に扱ってきた町はないでしょう。

川那部■それがほんとうに大事なことですね。琵琶湖の漁師さんも、いのちの大事さを考えてはる。「美味しく食べないと、魚も成仏しない」などとね。

北■日本人は本来、自然に対してやさしい国民であるはずや、と思うんです。自然があってはじめて、人々の営みがある。自然抜きの生きかたは考えられないですね。現代社会が失ったものは、まだ田舎には残ってますから大事にしたい。われわれがなにげなしに振り捨ててきた大事なものを、もう一回集める作業をやっていかんとあかん。そう思えてしようがないんです。マグロでもね、季節と産地を選んだら、「本マグロ」よりもキハダやメバチのほうが数段うまい。ただ色が薄いので町では売れん。それで輸入して薬品で色を付ける。けしからんことやが、それを「奨励」しているのは、一面では町に住んでいる、バーチャルなだけの消費者です。

川那部■ほんとは遠距離を運ぶんではなくて、近くのものを食べたり使ったりせんと、いかんのですね。各地での、いのちの賑わいがあってはじめて、暮らしの賑わいがある。「暮らしの賑わい」というのは、エネルギーをたくさん使うとか、単純に便利になるとかとは違いますわね。

北■ぼくらの子ども時代、大人の姿には、生きることに対するものすごいエネルギーを感じました。人間が活き活きしてました。当時の生きかたを振り返ると、私らはあの時代の人にはかなわん。そのようなパワーというか賑わい、生きる活気を大切にしたいと思いますね。

シロナガスの骨格と航海日誌

北■過去にあれだけ鯨を利用してきたのに、シロナガスクジラの骨格が日本には一つもないんです。これはもう、標本を持てる可能性の全くない種です。ところが、ノルウェーのトロムソ大学の博物館には、なんと三体もある。ここらへんが、われわれの文化の「貧しさ」というといかんかもしらんけれど、劣っているところやなと思うんです。レプリカでもかまわんから、とにかくなんとかしたいと考えています。24〜5メートルありますから。

川那部■そうですか。確かにね。「鯨類研究所」などもあるのに…。

北■アメリカ東海岸ボストン近郊のシャロンという町にあるケンドルー捕鯨博物館には、18〜19世紀の捕鯨船団の航海記録が収蔵されています。船名をいえば、何年の何月何日にどの海域で操業して、どういう鯨を何頭発見したとかが、パッと出てくるんです。それで、過去の捕鯨産業にあちこち連絡して、日本の航海日誌を集めようと思ったんですよ。それが全く集まらない。法律上の保存年限があって、それを過ぎたらみな廃棄処分なんです。だからいま地元で、資料集めを呼びかけてるんです。すると、意外にポツポツと出てくるんですよ。このあいだはまた、セミクジラのひげ、1メートル以上のまで「拾い」ました。

川那部■それも、すばらしいお仕事ですね。滋賀県の場合は、古文書が小さい村々や、個人の家にたまってる。しかし、家を建て替えたりするときに、それがみんなスッと消えるんですって。それを集めるのには、うちの歴史の学芸員も言っていますが、おっしゃったように「捨てる前に必ず言うてくれ」と呼びかけることですね。

北■そして持ってきて貰ったら、お礼状を広報することやと思います。

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