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館長対談

あるく魚が琵琶湖を語る

 1999年11月14日、開館3周年記念に椎名誠さんを迎え、講演と対談をお願いしました。参加希望の方々がたいへん多かったため、抽選で決めさせていただきました。

 講演は『地球、水の旅』と題し、30年前の琵琶湖キャンプの思い出や、タクラマカン砂漠の幻のロプノール湖の雄大で神秘的な自然、極寒のバイカル湖の想像を絶する厳しさなど、椎名さんならではの楽しいお話が伺えました。これはそれに続いて行われた館長との対談の一端です。


写真撮影■カントリースタジオ 冨江公夫

川那部■ご承知の方も多いでしょうが、椎名さんの本に『あるく魚とわらう風』というのがあります。オーストラリアにカモノハシと言う獣と鳥の中間のような動物が棲んでいますが、それになぞらえてご自身のことを「あるく魚」とおっしゃっているわけです。私も魚を長いあいだ調べてきたものですから、たとえばアユの行動を話すときに、つい「私たちのなわばりは」、などと言うことがあって、笑われています。そこで私も「あるく魚」の仲間入りをさせてもらおうと、「あるく魚が琵琶湖を語る」と言う標題にしました。

ブラックバスとナマズ、どちらもうまいよ

川那部■以前に琵琶湖に来られたとき、ブッラクバスを捕って食べて、たいへんうまいと書いておられましたね。スズキの仲間だから、骨離れはいいし、ちょっと淡白過ぎると思う人もいるかも知れないけれど、私も美味だと思っています。琵琶湖ではいまこれとブルーギルが増えて、在来の魚を駆逐して困ってるんですが、キャッチ=アンド=リリースなんて言うのまで輸入して、食わないんです。「食べたほうが成仏する」って、書いたこともあるんですが。

椎名■本当においしいですから、どんどん食っちゃえばいいんです。ブラックバスも喜ぶと思いますよ。ブルーギルもまだですが、食わなきゃいけないと思っています。

 ところでビワコオオナマズは、今どうなっていますか。前に琵琶湖に来たときには、松坂實という、僕たちはナマズ博士と呼んでいるんですが、世界中でナマズを釣っている友人も一緒に来まして、ビワコオオナマズを狙いました。そのときは捕れなかったのですが、その人と僕はあっちこっち世界のいろんな所へナマズを釣りに行っているんです。ヨーロッパオオナマズを釣りにイスタンブールの山奥へ行ったり…。これは2メートルぐらいあると言うんです。釣れなかったから、なんとでも言えるんですけどね。(笑)

川那部■ビワコオオナマズも、以前に比べればもちろん減っていますが、産卵に沿岸へ来るのが見られます。これは2メートルは無理ですね。いませいぜい1メートルかな。昔は1メートル20cm程度のものも珍しくなかったのですが。

 琵琶湖には、これも琵琶湖だけにいるイワトコナマズもいます。少し小さめですが、これは抜群にうまい。とくに沖すきのようにすると素晴らしいです。ぜひ食べてください。

椎名■映画を撮るためにモンゴルで2カ月以上いたときには、数十cmの大きなナマズが入れ食いで、よく調理して食ったんです。調理人が最後に、胃の中にはいつもネズミが五〜六匹いたと、教えてくれましたが…。うまいですよ、このナマズもね。

川那部■アフリカのタンガニイカ湖でデンキナマズを食べましたが、あれも白身でなかなかうまい。

海・山・川はつながった一体

川那部■お話の中で、八郎潟干拓のことを高度成長の「つけ」と言われました。琵琶湖も、いろんな面で便利になったことは確かですが、問題もたくさん起こっています。椎名さんはいろんな所で環境問題に関しても発言なさっていますが、とくに大好きだとおっしゃっていた「水辺」については、どうお考えでしょうか。

椎名■海・山・川は、みんなくっついていると思うんです。本来みんな関係していたんですが、日本はそれを切ってしまって、全部だめにしたことがはっきりしましたね。ここ二年近く海をまわっていて、たとえばこのあいだは、三島由紀夫の『潮騒』の舞台になった三重県の神島に行ったんです。良い浜だったんですが、沖合にテトラポッドが三重にあって、景観は完全にぶっ壊されていましたね。とにかく日本中を歩いていると、こういうことだらけです。

 ある島では、猟師さえも行かないような山道を三十分下って、やっと着くような入江が護岸工事されていて、車の通れるぐらいの堤防ができて、テトラポッドがここも三重に置いてある。何の意味かわからないんですよ、波も激しくないし…。工事のための工事でしかないことがはっきりしている。人が見えないところでやっているわけですよ、日本中全部でね。これはまず悲しいですね。それから川では、護岸工事とダム、それに長良川みたいに、河口堰まで造っちゃいますから。そしてまた、吉野川にまで作ろうとしている。

 日本のあちこちを歩いていると、川は全部、同じ問題です。テレビの仕事で釧路川をいろいろ調べていたら、上流の湿原がショートカットされて、消えつつあるわけですよ。目茶苦茶に国土を壊す、こんな政治をやっているのは日本だけですよ。もうちょっと目を開かないと、どうしようもないと思っています。

 アメリカのある海岸にしばらくいたんですが、アメリカは何だかんだと言っても大人の政治ですね。変なふうに海岸をコンクリートで固めたり、テトラで覆ったりはしない。だから生物がちゃんとそこに根づいているんです。たとえば僕の行ったサンタ=クルーズという町では、家の二階から望遠鏡でラッコの泳いでいるのが見えます。自然のラッコがカニなんかを捕って食べているのが見えるんですよ、嬉しそうに笑いながらね。(笑)

川那部■私の眼にも、笑っているように見えますね。

椎名■それから、オットセイがいたり、岸壁にはオオミズナギドリがいたり、ウミウがいたり、ケイマフリがいたり。とにかくものすごく豊かなんです。それが住居の三十メートル先ですからね。ケイマフリというのは北の鳥で、日本にもいるんですけど、半年前に行って「あーあ」と思ったんですが、日本ではいま奥尻島だけ。それも北岸壁にしかいない。そこまで追いやられているわけです。日本は野生動物に非常に冷たい国で、バンバン絶滅させていきますね。

 そういうあからさまな関係を見ていますので、脱力感があります。僕たちには書くぐらいしか能力がありませんから。何でこう目茶苦茶に壊す必要があるんだろうかと思うけれど、最終的には全部お金でしょう。誰かが儲かるためにやっているというだけなんですよね。どうしたらこの構造を壊せるのかなと思うんですけどね。

 それを考えるとイライラして、またビールを飲んで…。(笑)

水辺への関心の高まり

川那部■先日霞ヶ浦へ行きましたが、あの周りはまさに100%人工護岸ですってね。98%ぐらいは鉛直の護岸、2%だけが自衛隊の水陸両用の車を動かすために、斜めになっているそうです。地元の方々が何とかしようと、アカザと言う水草を増やすことから始めて、いくつかの計画が進み始めたと聞きました。

 私は絶望からでも出発しなければしょうがないと思っているのですが、何か少しずつでも自然の環境を取り戻していく方向を、椎名さんはどう考えられますか。

椎名■やりかたなんですよ。いま僕は東京の三番瀬の問題に加わっているんです。初期の頃の埋立反対運動は、政治家とそれによって利権を生ずる人達だけが騒いでいたんですね。他の人は無関心だったし、そういう人に関心を向けさせるモーメントもなかったんです。しかし最近は、「何でそのことが問題になっているのか、その理由だけでも知ってほしい」という働きかけをすると、みんな応えてくれるようになりました。これは大きな成長だと思うんです。

 ところで、琵琶湖の水はどこが飲んでいるんですか。大阪もエリアですか。

川那部■京都市のほとんど全部、大阪市も全部、南は大阪府と和歌山県の県境まで、西は神戸市の西端までかな。1400万人ほどが、上水道その他で琵琶湖淀川の水を使っているんです。

 だから、琵琶湖の環境に対して関心が高いはずなのですがね。たとえば、化学的・工学的に水質浄化をするのには限界があって、琵琶湖自身による自然浄化などを取り戻す必要のあることなどでも、まだ全面的には理解されていないでしょう。琵琶湖とその周りにはいろんな生物がいて、歴史的文化に根ざした人々の暮らしがあったわけですから、この言わば「暮しの賑わい」をいかに取り戻すかについて、皆で早急に考えて実行しないと行けないのですが…。

次は、沖島から琵琶湖へのメッセージを!

川那部■今回は残念ながら、琵琶湖をゆっくり見てもらえなかったのですが、次には沖島あたりで、漁師さんの料理を楽しみ、まわりの景色などを見ながら、琵琶湖についてのご意見を伺いたいものです。沖島は漁業の集落で、田んぼは湖を渡った本土側にあるところです。

椎名■そうですか。沖島ではキャンプはできるんでしょうか。今ある雑誌で島をめぐるのをやっていて、あと2年位あるんで、その取材でやってみましょうか。(笑)

川那部■沖島は、琵琶湖との関係を深く持って来た島で、いまそうですから、ぜひお願いしたいものです。その帰りには、この博物館へももう一度立ち寄ってください。そして厳しいご意見を頂戴したいと思います。

 本日は、お忙しい中を講演していただき、また対談にも応じてくださいまして、有難うございました。

琵琶湖博物館
館長 川那部浩哉
椎名 誠
プロフィール
作家。書評『本の雑誌』編集長。写真家。映画監督の顔ももち、幅広く活躍中。

琵琶湖の環境に対して関心が高いはずなのですがね。まだ全面的には理解されていない。(川那部浩哉)

海・山・川は、みんなくっついていると思うんです。本来みんな関係していたんですが…(椎名 誠)

(編集・構成 美濃部博)

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