いつごろ どこで どんな様子でしたか 年齢
昭和30年頃 高月町
片山港
当時、湖北町石川に瓦を焼く瓦屋さんがあって、そこへ瓦用の土を近江八幡の方から運んでいたように思う。片山港へ下ろして積んであった。また、高月町片山の琵琶湖を挟んだ西側に、片山地先があり、そこの薪や木材を運んでいた様にも思う。 50才
小学校5〜6年頃 高月町
片山港
積んでいた物は、はっきりとは覚えていないが、瓦を焼く土を運んでいたと聞いたことがある。片山港では、時々見かけたのでよく乗り込んで遊んだ。丸子船かどうかは定かではないが、エンジンを付けた船だった。 40才代
幼少の頃 高月町 田舟で作業に行くとき、舟を押す手伝いをした。田舟の底にスケートシューズの刃のようなソリが付いており、泥を切って進んだ。泥水路は20cmくらいの深さなので、歩きにくいという事はなく、船は滑るように動いた。船上に組んだ柱にワラをかけて運んだ。田んぼのハンノキ(代々、枝うちして育ててきた木)に竹を渡して稲架(ハサ)をつくり、そこに刈り取った稲をかけて干した。家族総出の作業で大変だった。湖北は日本海側の気候で、湿気が多くハサでないと乾かなかった。 44才