【琵琶湖博物館】 これまでに在籍した学芸職員

これまでに琵琶湖博物館に在籍していた学芸職員を紹介します。紹介文は在籍当時のものです。

1996年度 山崎博史藤岡康弘森井源蔵
1997年度 小笠原俊明脇田健一
1998年度 ジャンジャック フレネット高橋政宏水上二己夫
1999年度 内田臣一美濃部博江島 穣
2000年度 横山泰史桑村邦彦
2001年度 内藤又一郎中川元男中川 修
2002年度 森田光治
2003年度 アンドリュー ロシター野崎信宏井戸本純一長崎泰則
2004年度 西垣 亨
2005年度 杉谷博隆谷口雅之金子修一
2006年度 嘉田由紀子武部 強牧野久実矢野晋吾
2007年度 中村公一孝橋賢一
2008年度 小川雅広中野正俊
2009年度 臼井 学西村知記
2010年度 牧野厚史飯住達也礒田能年
2011年度 秋山廣光宮本真二硲 登志之大依久人奥村浩匡
2012年度 寺尾尚純

1996年度

山崎博史(やまさき ひろふみ)層序学
在職期間:1992.4〜1997.3
研究テーマ:古琵琶湖層群の層序と堆積環境
中国地方の中新統の層序学的検討、特に島根半島沖の日本海に浮かぶ隠岐島の調査を行ない、それらが中新世に起こった大事件のひとつ「日本海の形成」とどのような関係にあるかを検討する。その一方でネパール中西部のインド国境付近で行われたシワリク層の調査に参加し、河川性の堆積物や活断層に関連した地形を見ながらヒマラヤの隆起過程に思いを馳せる。どちらの仕事も未完のまま、1992年4月琵琶湖博物館(当時準備室)に就職する。現在は、近江盆地の非対称な地形をながめてその成因に興味を持ちつつ、古琵琶湖層群と呼ばれる鮮新・更新世の淡水成の地層をどのように調査したらよいか、頭を悩ましている。
(上記紹介記事は1996年執筆のもの)
藤岡康弘(ふじおか やすひろ)水産学
在職期間:1994.4〜1997.3
研究テーマ:回遊魚の生理・生態
 私は琵琶湖に注ぐ日野川の上流で育った。子どもの頃の遊びは、毎日川で魚を捕ることだった。初夏に捕れる魚の中に、アメゴという簡単に捕れる美しい魚がいて、親から「この魚はこれから琵琶湖に下って大きくなって帰ってくるから逃がしてやりなさい。」といわれ、不思議な生き物を見たような気持ちになった。
 この魚は、後に私の研究テーマとなったビワマスの幼魚のことで、あの頃は日野川の上流でもビワマスが産卵に遡上していた。
 ある種の生物の生活史や生態などの全貌を明らかにすることは、ひと一人の一生で出来るものではないが、子どもの頃に抱いた不思議な生物に研究者として再会できた幸運を大切にし、ビワマスの生理・生態の解明をライフワーク・としてやっていきたいと思っている。また、琵琶湖固有の生き物をできるだけ多くの人々に興味をもっていただけるよう、展示や観察会などで紹介していきたいと考えている。
(上記紹介記事は1996年執筆のもの)
森井源蔵(もりい げんぞう)農業工学
在職期間:1994.4〜1997.3
研究テーマ:住民と行政による地域環境づくり
 滋賀県の農村が大好きだ。若い頃は特に意識していなかったが。一般に農業や農村は後れているイメージがあり、魅力的な生活の場ではない、職場がない云々といって、若者の多くは都会の環境にあこがれる。その一方で、自然の多い農村に魅力を感じている都会人も少なくはない。一体、どうすれば農村居住者も地域の魅力に気づき、豊かな暮らしに支えられた美しい農村環境が維持されるのだろうか。こんなことをみんなで考えていけたらいいなと思っている。県庁では、農業の生産性を高めるための整備や生活基盤の整備に加え、生産と生活、自然の3つが互いに密接に関連する総合的な地域づくりに取り組んできた。この博物館では、住民と行政による地域環境づくりをテーマに研究を進め、田んぼや用水路などの環境機能に着目し、現場に根ざした地域計画手法を検討したいと考えている。さらに、博物館活動を通して、もっと多くの人に農業や農村の良さを感じてもらえたらと願っている。
(上記紹介記事は1996年執筆のもの)

1997年度

小笠原俊明(おがさわら としあき)河川工学
在職期間:1994.4〜1998.3
研究テーマ:近代における河川技術史・災害史
 県職員になって19年になる。そのほとんどを河川に関する仕事に従事してきた。その内容は県内の河川の計画や調査そして河川工事の実施あるいは琵琶湖総合開発などさまざまである。博物館の開設にたずさわって3年になるが、ここでは、今までの経験を生かして、展示や資料整備の仕事を行っている。研究テーマは江戸期以降の河川技術史、災害史である。とくに、瀬田川の浚渫をめぐる琵琶湖沿岸の人たちの取り組みを調べたいと考えている。また博物館の資料として過去の災害の写真を集め、文字情報、地図情報とあわせてデータベース化している。現在1000枚ほど収集して、今後も続けて収集を行う計画である。また、淀川流域のさまざまな地理情報を入力し、とくに水との関わりを中心にしたデータベースを構築したいと考えている。
(上記紹介記事は1996年執筆のもの)
脇田健一(わきた けんいち)地域社会学
在職期間:1991.4〜1998.3
研究テーマ:地域環境保全の社会学的研究
 兵庫県の神戸市に生まれた。父親の転勤にともない、小さいときから転校を繰り返してきた。転校のたびに、それまで自分が使っていたのとは異なる言葉(方言)や習慣にであい、子供ながらいろいろなことを考えてきた。そのような経験をしてきたせいか、高校生の頃から、しだいに異文化の研究を行う文化人類学者にあこがれるようになった。そして、大学では、文化人類学のゼミにすすみ、家族・親族論の研究をおこなった。そのころの研究上の一番の思い出は、夏休みなどの休暇を利用しておこなったフィールドワークである。海外では、台湾の先住民であるタイヤル族やアミ族の調査を、そして国内では、三重県志摩地方の離島にあった隠居制家族の調査などをおこなった。大学院進学後は、専攻を社会学にかえたが、やはりフィールドワークを基本に研究を進めてきた。私の関心は、社会学のなかでも、特に地域社会学、環境社会学と呼ばれる分野にある。近年では、地域環境管理の問題や、地域環境政策と環境保全活動・運動との相互関係に焦点をあわして研究を進めている。
(上記紹介記事は1996年執筆のもの)

1998年度

ジャンジャック フレネット(Jean-Jacques Frenette)陸上生態系学
在職期間:1997.2〜1999.2
研究テーマ:"生物学プロセスにおける流体力学効果、植物性プランクトンにおける生態生理学、人間摂動への生態系反応(富栄養化、有毒アオコの異常発生形態)
 思い起こせば、水というものが絶えず私の人生のなかで、非常に重要な意味を持ってきたといえる。幼少の頃、湯船に物を浮かべて遊んだり、家族旅行で海に行けば、何時間も時を忘れて泳いでいた。つまり水は私にとって喜びの象徴なのである。
 水が私の人生行路の鍵を握っているといっても過言ではない。海洋学や陸水学を通して魚の回遊や個体群種動態を研究した。また1980年代初頭に酸性雨の影響が懸念されはじめた時には、いち早く酸性雨が魚類群へどんな影響を与えるかという研究調査に乗り出した。人間が原因となって環境に影響をもたらすということが私の研究心をそそったのだ。化学物質汚染による湖や河川の酸性化が多くの魚類種やその他の生物形態を減少させてしまった。これら生態系レベルへの大きな影響が存在するということが、植物プランクトンに興味をもつきっかけとなり、一次生産への研究を始めた。
 この研究では光や栄養に変化を付けるという方法をとり、水の動きがプランクトンの成長にいかに関わっているかが解った。水中内で混ざり合い、また安定するこの入れ替わり運動が微生物プランクトンの生命を左右しているのだ。私は研究に夢中になった。現在は琵琶湖と世界の古代湖の比較研究に力を傾注している。
(上記紹介記事は1997年執筆のもの)
高橋政宏(たかはし まさひろ)教育学
在職期間:1995.4〜1999.3
研究テーマ:博物館と学校教育との連携について
 小学校6年生の頃、学校の前を流れる佐久良川の河床からたくさんの貝の化石が産出し、友達と夢中で採集したことを覚えている。高校時代には、先生や友達とあちこち出歩いては、採集した。どういうわけか、植物や昆虫よりは、硬くて無愛想な石や鉱物が私の性に似合っていたようだ。中学校の教員になってからは、鉱物採集に歩き回ることは少なくなったが、授業のなかで地学の分野を教えるときは、妙に心がさわぐ思いをした。
 博物館勤務が始まり、1年たらず、琵琶湖博物館に寄せる期待は、趣味の範囲にとどまらず、博物館における授業や体験活動など、大きなものがある。子どもが博物館に足を運ぶきっかけは、まだまだ学校からの見学がその大きな位置をしめていると思う。博物館を舞台とした見学活動や体験活動から、私が子どものころに経験した石集めの感動のようなものをつくり出してみたい。多くの子ども達が、「博物館はおもしろいところやなあ」、「楽しいところやなあ」といってくれることを願って、今後も努力したいと思っている。
(上記紹介記事は1996年執筆のもの)
水上二己夫(みずかみ ふみお)農業工学
在職期間:1997.4〜1999.3
研究テーマ:農業用水の多面的利用について
 農村のイメージが良くなっている。利便性、合理性は今後も求められるだろうか、都市への集中は暮らしの環境として満足できるものだろうか。ふるさとに水あり。なつかしいという思いを少し。大きな川、小川、家の前の溝川、水田、ため池、山の沢水、お寺の井戸、神社の手水、などなど。今から思えば水辺での生き物も圧倒的という感じで追いかけてくる。農村がこのままで良いという思いはない。いかに快適に、安心して暮らせるか多様な価値観のなかで自然とつき合い、共存する。理想を追いたいと思う。農業用水の歴史は長い。先人の知恵と努力で築き上げられた配水機構は農業ばかりでなく、日常の生活のなかでも利用され、更には水を求める生き物たちにも絶好の生息環境として解放(?)されていた。現在、琵琶湖の水が逆水と呼ばれポンプにより、多くの水田に用水として利用されている。ほ場整備により配水機構も大きく変化をしているが、農業用水の持つ多目的な機能を農村環境という大きな枠のなかで考えていきたいと思っている。
(上記紹介記事は1997年執筆のもの)

1999年度

内田臣一(うちだ しげかず)水生昆虫学
在職期間:1992.4〜2000.3
研究テーマ:カワゲラ目昆虫の分類と分布
 大学での卒業研究以来、カワゲラ目という水生昆虫の分類を研究してきた。カワゲラは谷川や湖に幼虫がすむ虫で、成虫になると羽が生えて空を飛ぶ。日本ではこの虫の分類研究はだいぶ遅れていて、まだ名前の付いていない種がたくさんいる。属や科をどのように分けるかについても、定説がないことがある。滋賀県に来るまでは、まず、このような混乱した分類を整理する研究をしてきた。また、大学から近い奥多摩や丹沢山地の川に通い、どんなカワゲラの種がすんでいるか、また、それぞれの種が川の中でどこにすんでいるかなどを調べた。わかったのは、カワゲラでは各種が生息する標高や生息場所の範囲が細かく分かれていること、また、関東・中部・近畿地方を含む本州中部は世界でも一二を争うほどカワゲラの種数が多い土地らしい、ということである。
 琵琶湖水系、とくに上流の山地の谷川には、やはりたくさんの種のカワゲラがいることが、滋賀県に来てからの野外調査でわかってきた。琵琶湖に生息するカワゲラを含め、これらの虫たちはどのようにしてこの土地にやってきたのか、どうして本州中部にはこんなにたくさんカワゲラがいるのか、これから調べていきたい。
(上記紹介記事は1996年執筆のもの)
美濃部博(みのべ ひろし)河川工学
在職期間:1998.4〜2000.3
研究テーマ:琵琶湖流入河川の流出特性に関する研究
 私たちの住む土地は、河川の氾濫により形成された沖積平野であり、河川の水を利用しやすい反面、元々水害の危険性を内在し、過去を振り返れば何度か大きな水害に見舞われています。しかし、大きな水害というのは何十年に一度という頻度で発生しますので、人の一生の中で実際にに出会うことは滅多にありません。むしろ水害に出会わない人の方が多いと思います。治水事業を担当する河川技術者もその例にもれず、必ずしも水害の恐ろしさを実体験として持っているわけではありません。たまたま私は昭和58年7月に島根県西部地方を襲った集中豪雨による大災害の復旧事業の応援という経験をしたおかげで、被災現場を目の当たりにして洪水氾濫の脅威を実感することができ、同時に河川技術者としての責任の重さも痛感しました。
 琵琶湖とその流入河川でも過去に何度か大きな水害が発生しています。琵琶湖の集水域は、北陸型、瀬戸内型、東海型の各気候区が重なり合っており、河川流量に影響する降雨も地域特性があります。流入河川も地域的に地形・地質・植生などの自然条件が異なり、流域の降雨特性とも関連して、流出形態はそれぞれに特性があります。これまで県内のいろんな河川の治水・利水計画に関与してきましたが、博物館では、河川のそれぞれの自然条件を生かした治水・利水計画と、昨今課題とされている河川の自然復元計画にも寄与できるような琵琶湖流入河川の流出特性について基礎的なデータ整理しようと考えています。
(上記紹介記事は1998年執筆のもの)
江島 穣(えじま ゆたか)教育学
在職期間:1997.4〜2000.3
研究テーマ:無機分析・錯塩化学
 幼少の頃から、自然と接することが好きで魚釣りや採集などであけくれていました。そのために、理科に興味をもち小学校から中学校にかけて琵琶湖のプランクトンの研究をしていました。高校生になり、化学の分野が好きになり、高度経済成長期に石油化学の研究が盛んだったために大学で化学を専攻するようになりました。その時に、錯塩化学が化学の中に登場し喜んで専攻しました。その後、オイルショックがおとずれ就職難の時代にはいり、教員職になりました。理科ばなれが進んでいるといわれている中この博物館に転勤になり、学校の中だけではなく社会施設を利用して学校と両面から理科教育に取り組んでいきたいと考えています。
(上記紹介記事は1997年執筆のもの)

2000年度

横山泰史(よこやま ひろふみ)教育学
在職期間:1999.4〜2001.3
研究テーマ:博物館と小学校教育との連携について
 小学校教員を続けていて感じることがある。それは、子どもたちを取り巻く状況の著しい変化である。物が豊かすぎ、たやすく情報が手に入る状況の中で子どもたちは生活している。自分が好むとこの好まざるに関わらず洪水のようにあふれんばかりに迫ってくる。自己の意志に関わらずである。そのような状況の中で生活する子どもたちは、新しいもの、未知のものに出会っても心を動かすことがあまりないかのように見える。子どもたちは、本来、表情(喜ぶ、笑う、泣く、怒る等)が豊かである。体全体で表現するものである。そういう表情があまり見られなくなってきたように感じられる。つまり、心を揺さぶられるような驚きや感動が少ないことであろう。そのことが、、近年よく言われる「理科ぎらい」の原因の一つになっているのではないだろうか。
 琵琶湖博物館を舞台とした体験学習では、学校では得られない驚きと発見があるはずである。また、一人ひとり違った感じ方をするであろう。その感じ方をいかに課題としてとらえ、解決に向かい行動をおこせるかということが大切である。「博物館に何回も行きたい。」「次はこんなことを調べたい。」と考えるような子どもたちが一人でも増えてくれればと思う。そして、博物館が子どもたちの本来持っている鋭い感性を磨く場所になれればと思う。
(上記紹介記事は2001年執筆のもの)
桑村邦彦(くわむら くにひこ)水産学
在職期間:1997.4〜2001.3
研究テーマ:水産生物の再生産機構と生息環境保全研究
 水や魚に関わっていたので、中学生の頃から将来は水産の研究の仕事をしたいと考えていた。大学時代は回遊魚につく寄生性甲殻類の研究を行なったが、このテーマを選んだ最初の理由は、漁船に乗りたかったと言う安易なものであった。京都で生まれ琵琶湖疏水の水を飲んで育った私が、結局琵琶湖にたどりついたのも、サケが生まれた川を遡るように本能が働いたのかもしれない。
 これまでに水産行政の仕事を始めに、オオクチバスの対策研究、フナやアユの産卵調査、マス類のバイテク研究、希少種ハリヨの増殖保存研究を担当してきたが、特に野外の採集調査ではついつい理性を忘れそうになるので注意している。また水産資源の有効利用の考えから、魚をおいしく食べるための努力は惜しまない。筆頭の趣味は釣り。仕事でも趣味でも魚ばっかり見ていると顔が魚みたいになると言われるので、視線を陸上に少し上げて、菌類や樹木についても勉強しようと思っている。
 博物館では水産業という人と魚の関わりを通して、琵琶湖のことを多くの人に紹介していきたいと考えている。
(上記紹介記事は1997年執筆のもの)

2001年度

内藤又一郎(ないとう またいちろう)農業工学
在職期間:1999.4〜2002.3
研究テーマ:農村のほ場整備事業の前後と環境に関する研究
 県の職員に採用された時期は、ほ場整備事業の最盛期で、当時は従前の水田形態を惜しげもなくつぶして、どんどん工事を進めていった。私がまず手がけたのは、ちょうど私の住んでいる付近の田んぼのほ場整備工事だった。以前は湖北地方の田んぼには「ハンノキ」といわれる「ハサ木」がたくさんあった。また、昔のほ場整備である、条里制が色濃く残っていた。まるで、林の中に田んぼがあるかのような、独特の田園風景であった。
 ところが、ほ場整備後は、どこの水田も画一的な風景に変わってしまいました。また、農業用水の使い方も合理的になり、同時に水田に関わる水環境も変化してしまいました。
 この変化を、平面的だけでなく立体的に、また環境の面からも捉えて、その現状を明らかにしたい。
 次に、以前の自然の営みと共生していた水田環境を少しでも取り戻せるように、その方策を模索したい。
(上記紹介記事は1999年執筆のもの)
中川元男(なかがわ もとお)河川工学
在職期間:2000.4〜2002.3
研究テーマ:琵琶湖流域に適した水質保全対策施設に関する研究
今まで、県職員として、上水道、下水道、港湾、河川などの水に関係した土木施設の仕事に多く従事してきた。これらの土木施設の中で、もっとも自然に左右され、かつ自然環境へ影響するのが河川である。特に滋賀県の河川は、ほとんどの河川が琵琶湖に流れ込むため、その流域での人の活動が琵琶湖の水質への影響として現れる。琵琶湖の水質を改善するために、下水道などの排水対策が進められているが、現状を維持するのがやっとの状況である。このため、県においては河川内においても水質浄化対策に着手したところであるが、これと言ったいい手法がない。
 かつては、生活排水は田畑の肥料として利用され、下流における水の使用に支障をきたさないために川へ流さない工夫がされ、周辺の内湖においては水草を肥料として、魚を食料として採取され、結果的に琵琶湖の水を保全してきた。これを今やることは不可能であるが、この様な川と人とが上手に関わる琵琶湖に適した水質保全対策施設を探ってみたい。
(上記紹介記事は2000年執筆のもの)
中川 修(なかがわ おさむ)教育学
在職期間:1999.4〜2002.3
研究テーマ:博物館と中学校教育との連携について
 小さな頃から水辺が好きで、川であれ、湖であれ、それがたとえ小さな水たまりであっても動くものがいないかどうか目を凝らして探したものであった。毎日が虫取り、魚つかみの連続であった記憶がある。進学する際、「どうせなら日本の一番端っこの大学に行こう」と考え、沖縄か北海道かを悩むが結局、釧路を選択。生物研究室に所属し、そこでもまた豊かな自然にふれることになる。教師になってからも暇があれば川、湖、海へ行くことが多かった。水辺の生物を探すまでもなく、水をみているだけで心が和む。そして今、博物館勤務になり、これを機会に一気に見聞を広めようと考えている。今まで感じてきた学校での「人の心とふれあうよさ」だけでなく、博物館と野外で「自然とふれあうよさ」を多く感じたいのである。同じように、現在の子供たちにも多くの感動的な体験ができるように、博物館を利用した見学活動や体験活動を開発、伸展させたい。
(上記紹介記事は1999年執筆のもの)

2002年度

森田 光治(もりた みつじ)教育学
在職期間:2000.4〜2003.3
研究テーマ:高校生物教材の開発
 滋賀県というよりも、琵琶湖に生まれ琵琶湖に育った1人である。自宅前が琵琶湖で、子どもの頃は毎日時間を忘れて魚採りに興じていた。ギギ、ナマズ、ウナギ、コイ、フナと豊富で、すべてが食の対象であった。こんなごく日常的な生活が、今や取り返せない貴重なものとなってしまうとは、何とも残念でならない。しかし、このような体験が琵琶湖文化の伝承の役に立てればと思っている。
 大学および大学院では、細胞の超微形態学を専門とし、超薄切片作成と電子顕微鏡を覗く毎日が続いた。高校の教師になってからは、大学で得た知識と技術を生かし、主に顕微鏡を使った生物実験実習に工夫を凝らしてきた。野外に飛び出すことも多く、山岳部の合宿や生物野外実習では山の植物の生態などを生徒とともに学んだ。これからも子ども達に感動を与えられるような生物教材の開発に取り組んでいきたい。
(上記紹介記事は2000年執筆のもの)

2003年度

アンドリュー ロシター(Andrew Rossiter)国際湖沼学
在職期間:1997.4〜2004.2
研究テーマ:魚類行動・進化・生態学(湖沼・河川・海洋)
 動物というものの魅力にとりつかれてから、もう随分長い間になる。幼少時、恐竜や古代人についての本をむさぼり読み、庭をフィールドに実行したネアンデルタール人の発掘作業、両親を冷や冷やさせ、むろん失敗に終わったが、その教訓から、私の興味の対象はひたすら生きた動物へと移行していった。特に10歳の時祖父からクリスマスにもらった Life in Lakes and Rivers(T. T. Macan and E. B. Worthington 著)これは10歳という年齢には難しい内容ではあったが、この本との出会いが私の進路を大きく決定づけたといえる。その後、益々魚や水生昆虫の世界にのめり込んでいくこととなった。カーディフ大では教師や先輩から多くの貴重な励ましと助言を得た。博士号取得後、わずか5日後には、京大の研究員として、京都の小川で水生昆虫研究にいそしんでいた。その間、アフリカのタンガニーカ湖での研究チャンスを得たことから、現在まで、魚類研究中心に専心している。
 今日世界中で知られている魚の種数はおよそ24630種、生息している脊椎動物種数の半数以上を占めている。その内の少なくとも数種についての知識を駆使し、研究者としての持てる限りの能力を発揮し、この琵琶湖博物館の湖沼研究に貢献して行きたい。
 現在の研究分野はチョウザメ(北米)、珊瑚礁魚類(石垣島)、タンガニーカシクリッド(アフリカ)、淡水ハゼ ヨシノボリであるが、琵琶湖の魚類群は勿論、バイカル(ロシア)、マラーウィ(アフリカ)、チチカカ(ペルー)も今後の課題分野である。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)
野崎 信宏(のざき のぶひろ)河川工学
在職期間:2002.4〜2004.3
研究テーマ:多自然型川づくりに関する研究
県職員として、これまで主に都市計画(土地区画整理事業)の仕事に従事してきた が、1996年に河川管理を担当したのを転機として、これ以降は河川の仕事に携わってきた。
 過去を振り返ると、滋賀県は昭和28年の台風13号や昭和34年の伊勢湾台風など幾度 も大きな水害が発生し、その当時の社会的要請を受け、多くの川では「治水」という単一目的で 整備が行われてきた。それによって、大きな恩恵を受けてきたのは確かだが、本来川が持ってい る自然環境が失われ、地域に根ざした人と川のつきあいを希薄にし、人間と自然の両方にストレ スを募らせてきたのではないか。
 このような反省から「多自然型川づくり」が導入されたが、多くの河川技術者は頭 を悩ませているように思う。
 ここに1本の川がある。「治水」のみを目的とする場合、最も効果的、経済的な整備手法を選択すればよいが、「自然環境」や「地域の水文化」なども含めて多面 的に川の整備を考えた場合、その解は無限に広がるからである。
 既に各地で「多自然型川づくり」が取り組まれているが、果たして十分な成果が得 られているだろうか。博物館ではその現状を見つめ直し、今後に活かせるような「多自然型川づ くり」のあり方を探っていきたいと考えている。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)
井戸本純一(いどもと じゅんいち)水産学
在職期間:2001.4〜2004.3
研究テーマ:琵琶湖や内湖における水産生物の微小環境に関する研究
 「食糧危機がやってくる!」、「石油はあと○十年で底をつく!」、小、中学校のころ大阪でこの手の話をまにうけて育ったせいか、なんとなく一次、二次産業にコンプレックスを抱いている。そんなわけで農業高校に進んだものの、どう間違ったか水産の世界に迷い込んでしまった。
 滋賀県に来てからは、琵琶湖のほとりの水産試験場(宿舎も場内!)に8年間引きこもってセタシジミの研究に没頭し、種苗の大量生産から放流効果調査にいたるまでの技術を一通り開発することができた。醒井の山中では、大学以来の専門である細胞遺伝学的手法による魚類の育種技術開発に再び携わった。ところが、これらの技術は琵琶湖が健全であること、遺伝的に多様な魚が豊富にいることが前提になっているのに、いまの琵琶湖はそこがかなり危うい。かといって、自然を改変しなければ人間は生きていけないのも現実だろうし、というジレンマに陥っている。とりあえず、博物館にいるあいだは、貝や魚の目になって、琵琶湖の現状を見つめ直してみたいと思っている。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)
長崎泰則(ながさき やすのり)林学
在職期間:2000.4〜2004.3
研究テーマ:滋賀県における里山の保全と利用方法について
 里山は、豊富な山の幸をもたらすことで、日本文化を担ってきたともいえる。しかし、昭和30年代以降、燃料革命等から里山の利用価値が低下し、手入れされない状態の里山や開発により消滅した里山が急増した。
 近年、里山の生物多様性や保健文化的役割からその重要性が再び見直されてきているが、現在の里山の生活は、過疎化、高齢化、木材価格の低迷等から十分な維持管理が出来ない状況にある。里山ブームといわれる状況の中でも、里山へのあこがれを持つ都市住民と農山村住民の考え方には、未だ大きなギャップが存在する。里山の現状をもう一度見つめ直し、適正な保全と有効な利用法について追求していきたいと考えている。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)

2004年度

西垣 亨(にしがき とおる)教育学
在職期間:2002.4〜2005.3
研究テーマ:生き物を出発点とした環境学習
 生まれは京都府の北端、宮津市である。小さい頃から近くの山をかけまわり、天橋立を見ながら海水浴をし、丹後の田舎の大自然に親しんで育ってきた。18才の春に初めて琵琶湖を見た時、あまりの雄大さに「これは海じゃないのか!?」と驚いた記憶がある。大学では漕艇部に入部。最初うまく漕げなくて湖に落ちた時、飲んだ水が「辛くない」ことにまたまたショックを受けた思い出もある。
 そんな琵琶湖との出会いであったが、大学では地球物理学教室に所属し、船の上で星を見ながら湖流や水温の定点観測をしたり、バルーンを打ち上げて気温観測をしたりと、楽しく琵琶湖に触れる中で、琵琶湖に対する思いがどんどんふくらんできたように思う。
 このたび博物館教員として勤務することになり、今までとは違った子どもたちの表情が見られることが楽しみでならない。16年間理科の教師をしてきて、「理科はわからないから嫌い。」という生徒が増えていることを肌で感じてきたし、それは自然体験の乏しさと大いに関係している。子どもたちが目を輝かせて体験学習ができる手助けをしたいと思う。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)

2005年度

杉谷 博隆(すぎたに ひろたか)農業工学
在職期間:2002.4〜2006.3
研究テーマ:住民参加による農村環境保全活動
 滋賀県が平成8年度に策定した「みずすまし構想」は、「水・物質循環」「自然との共生」「住民参加」の3つの大きな理念から成り立っている。この構想推進に4年間現場で携わった経験をもとに、農村地域における水質保全・生態系保全といった活動に住民自身が主体的に関わり、そうした活動が地域の魅力の再発見となり、新しい町づくり・村づくりへと発展していくことを願っている。その活動を支援する有効な制度や手法について研究を進めていきたい。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)
谷口 雅之(たにぐち まさし)教育学(小学生対象)
在職期間:2003.4〜2006.3
研究テーマ:博物館と学校とのよりよい連携の在り方
 子どもの頃から家族でよく琵琶湖へ出かけた。そして,日本一大きな湖「琵琶湖」を故郷にもっていることが,いつの間にか私の自慢となった。また,自然科学が好きで,特に地球(空・天気)や宇宙に興味を持っていた。大学では,地球や宇宙を研究対象とできる地学研究室に入り,地球物理学を専攻した。そして,船で琵琶湖に出ての水温や湖流の観測,湖岸での風の観測などを通して,琵琶湖の大きさからおこる「湖陸風」に関心を持ち,滋賀県と近隣府県のアメダスのデータから「湖陸風」について研究した。
 大学を卒業してからも,風を感じるたびに,琵琶湖を思い浮かべて過ごしてきた。また,宇宙に関しても興味を持ち続け,天体観望会にも定期的に参加している。教師として,人として,子どもたちにいつも五感をいっぱい使って生活して欲しいと願い,子ども自身の気づきや考えを大切にしてきた。そこで,琵琶湖博物館でも子ども達が五感をフルに使い,自ら考えることができる体験学習プログラムを開発していきたいと考えている。
 そして,私自身も五感をみがき,「湖と人間」を見つめていきたい。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)
金子 修一(かねこ しゅういち)林学
在職期間:2004.4〜2006.3
研究テーマ:里山の再生と活用に関する研究
山や公園で木々を見るたびに「不思議だなー」と思います。どうしてこんな樹形をしているのだろうか?
(答:枝の出方が樹形を決める)そして、どうして樹種によって枝の出方が決まっているのだろうか?
と、また、同科同属の木を見ても花がよく付くもの・付かぬもの,害虫に強いもの・弱いものなど、いろいろ個体差があり「何でだろー」と頭の中が?で満ちてきます。
そして思うのです、ひょっとして、一つの「不思議=?」が解明出来れば大きなお金にならないか?
と。まあこんな夢物語は置いておいて、現実的には、山へ植える苗木の家系特性を調べ解明し、苗木生産種子の改良を行うことにより、災害等に強い山をつくることを目標にしています。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)

2006年度

嘉田 由紀子(かだ ゆきこ)環境社会学、文化人類学
在職期間:1991.4〜2000.3/学芸職員 2000.4〜2006.4/研究顧問
研究テーマ:"琵琶湖周辺の水と人のかかわりの環境史、水域資源管理の比較文化論的研究、シロウトサイエンスの方法論的研究
 中学校の修学旅行で京都・近江にほれこんだのがこちらに住み着くきっかけになる。大学時代にアフリカ調査、大学院ではアメリカに留学し、途上国の経済発展と社会変動の問題を勉強。アメリカでの修士論文で近江の農村社会研究をとりあげる。昭和56年、琵琶湖研究所に入所。人と琵琶湖のかかわりを文化人類学的に行うことを目的とし、滋賀県内での聞き書きをベースに、県内3000自治会と120水系を対象に環境情報データベースづくりも行う。地域で出会った人たちに教えられながら、水や土地など環境資源管理の智恵とその文化を学ぶ。昭和60年代初頭から、琵琶湖をめぐる歴史や自然、文化を一般にひろく伝達する施設の必要性を強く感じ、当時うごきはじめた琵琶湖博物館づくりに参加。地域の人たちとともに調査や資料づくりを行う参加型の博物館を理想とし、県内各地のフィールドワークを続ける。最近はアフリカなど海外湖沼との比較文化研究にも取り組み始める。著書に『水と人の環境史』(共編著)、『滋賀県地域環境アトラス』(共編著)、『環境民俗学の試み』(共著)、『私たちのホタル』(1号〜7号)(共編著)、『生活世界の環境学』、『水辺遊びの生態学』(共著)、『共感する環境学』など。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)
武部 強(たけべ つよし)河川工学
在職期間:2004.4〜2006.9
研究テーマ:多自然型川づくりに関する研究
 滋賀県職員として、22年目を琵琶湖博物館で迎えることになりました。
 これまでは、河川改修や道路改築事業を県の地方機関で直接実施する業務に携わる事が多かったのですが、昨年度は県庁河港課で「河川整備計画」の策定に関する業務に携わっていました。
 滋賀県では、今後概ね20年間の具体的な河川の整備の内容を示す「河川整備計画」の策定を進めています。
 この計画に、流域の皆さまの生の声を反映させるため、公募によるメンバーから構成する「川づくり会議」を開催し意見や課題を提案して頂き、これを学識経験者等で構成する「淡海の川づくり検討委員会」で議論し、その結果を河川整備計画に反映させるものです。
 しかし、近年川づくりに対する住民の意見は、価値観の多様化も相まって多岐にわたっています。これは、川づくり特に「多自然型川づくり」が、河川工学のみならず生物、生態、社会、景観面等、様々な要素を含んでいるからであり、多自然型川づくりを計画するに当たっては、その効果を総合的・客観的・定量的に評価する必要があると考えています。
 博物館では、川づくりに対する様々な要望に対し実施事例を検証評価することで、今後に活かせるような「多自然型川づくり」の方向性を探ると共に事業効果・影響を客観的に評価できる手法を探っていきたいと考えてます。
(上記紹介記事は琵琶湖博物館在職当時のもの)
牧野 久実(まきの くみ)民族学
在職期間:1992〜2007.3
所属:研究部環境史研究領域・専門学芸員
学位:博士(史学)(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
矢野 晋吾(やの しんご)環境社会学
在職期間:2000〜2007.3
所属:研究部生態系研究担当・学芸員
学位:博士(人間科学)(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)

2007年度

中村 公一(なかむら こういち)理科教育学
在職期間:2005.4〜2008.3
所属:研究部博物館学研究領域・主査
学位:修士(教育学)(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
孝橋 賢一(こうはし けんいち)水産学
在職期間:2004.4〜2008.3
所属:生態系研究領域・主査
学位:生物資源学修士(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)

2008年度

中野 正俊(なかの まさとし)学校連携学
在職期間:2006.4〜2009.3
所属:研究部博物館学研究領域・主査
学位:修士(教育学)(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
小川 雅広(おがわ まさひろ)農学
在職期間:2006.4〜2009.3
所属:研究部生態系研究領域・専門員(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)

2009年度

臼井 学(うすい まなぶ)河川学
在職期間:2007.4〜2010.3
所属:研究部生態系研究領域・主査(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
西村 知記(にしむら ともき森林学
在職期間:2006.4〜2010.3
所属:研究部生態系研究領域・主査(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)

2010年度

牧野 厚史(まきの あつし)地域社会学
在職期間:1999.4〜2011.3
所属:研究部生態系研究領域・専門学芸員(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
飯住 達也(いいずみ たつや学校連携学
在職期間:2008.4〜2011.3
所属:研究部博物館学研究領域・主任主事(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
礒田 能年(いそだ たかね)水産学
在職期間:2008.4〜2011.3
所属:研究部生態系研究領域・主任技師(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)

2011年度

秋山 廣光(あきやま ひろみつ)資料保存学
在職期間:1996.4〜2012.3
所属:研究部博物館学研究領域・専門学芸員(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
宮本 真二(みやもと しんじ)古微生物学
在職期間:1996.5〜2012.3
所属:研究部環境史研究領域・主任学芸員(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
硲 登志(はざま としゆき)農学
在職期間:2009.4〜2012.3
所属:研究部生態系研究領域・主幹(専門員)(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
大依 久人(おおより ひさと)学校連携学
在職期間:2009.4〜2012.3
所属:研究部博物館学研究領域・主査(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)
奥村 浩匡(おくむら ひろただ)河川学
在職期間:2010.4〜2012.3
所属:研究部環境史研究領域・主査(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)

2012年度

寺尾 尚純(てらお なおずみ)森林学
在職期間:2010.4〜2013.3
所属:研究部生態系研究領域・専門員(琵琶湖博物館在職当時の紹介ページへ)